102話:市街総力戦⑦【北側】
各地で刃が交わる中、【北側】では地上から煙が立ち上っていた。
「よし、大方片付いたんじゃないか?」
ワイバーンの背の上で目を凝らすのはストリック。
「よし、じゃありませんわ……」
それに文句を付けるのは、同じく"十拳"のエミット。
【北側】に来た"十拳"は、彼ら二人。肩を上下させながら息を整えるエミットの消耗は濃いが、肉体的ダメージは追っていない。彼らもといエミットが行ったのは、遠距離から一方的に攻撃できる魔術師の特性を活かした、空中からの徹底した爆撃。セミテスタが神器持ちであるイルルのあぶり出しに使ったのとはまた別、これは地に蠢くゾンビの群れの殲滅を狙ったものだった。
これは、ストリックが事前に決めていた流れ。
地上にいる冒険者の退避確認には多少手間取ったが、トータルでは断然早い。さらに【北側】にいる敵の検討が付いていた彼女は、パートナーに迷わずエミットを捕まえていた。その結果が眼下に拡がる焼け野原であり、敵は数万から数百規模にまで激減していた。
「有象無象が片付けば……あとは本丸だな」
土煙が晴れた先、そこには数百の黒い点が見えた。
彼らはよく見れば人の形をしており、いずれもエミットの爆撃を耐え忍んだ猛者たちである。このまま爆撃を続けてもいいが、エミットの消耗と得られる成果が割に合わない相手でもある。魔力は回復POTで補充できるとはいえ、大技を連発した反動は決して軽くはない。チラリと横目で見る限り、このまますぐ地上での連戦とまではいかなさそうだ。
「私とこいつで暴れてくるから、少ししたら来いよ」
「え、ええ……」
「フハハ、うちらにまかせときなー」
悔しそうに顔を歪めるエミットだが、彼女は十分すぎる仕事をした。
「それじゃ、決着付けようぜ……死霊術師さんよぉ!!」
ワイバーンの背から躊躇うことなく、その身を投げ出す。
その手には、なにやら喋る奇怪な二頭身の人形が握られている。五月蠅く喚くそれを最終決戦の相棒とし、見据える地上の敵は【潜むもの】統領、死霊術師ハイロ。黒ずくめのフード付き外套に身を包んでいるが、ストリックは彼の存在を確信していた。
「【北側】はハイロ! ぶっ殺しても死なないやつだから、気を抜くなよっ!!」
*
東西南北に散った"十拳"は、それぞれが戦闘を始めていた。
【東側】イルルvsセミテスタ、ヤム。
【西側】ミーコvsオルゲート、リュウレイ。
【南側】ギルガメイジュvsスカル、テレサ。
【北側】ハイロvsエミット、ストリック。
どこに誰が潜んでいるか分からない中で、ストリックの動き出しは早かった。
『私が【北側】に行く。ハイロは恐らくそっちだ』
他の"十拳"を驚かせた彼女だったが、その慧眼は正しかった。
ハイロの術中に嵌り、自らクシャーナを手に掛けた罪。誰よりもその憤りと後悔を抱えていた彼女は、倒すべき相手をすでに限定していた。彼女がそれに気づいたのは執念の成せる業か、闘技場の空に渦巻いていた怨念の向かう先をその眼で捉えていたのだ。
『隠世の器』に溜め込まれていた、数多の死霊の怨念。
それは、魔道具として昇華された闘技場を動かしていた動力源。効力を失った決戦の場で、クシャーナとストリックは文字通りの死闘に興じていた訳だが、解放された怨念は再び闘技場には戻らなかった。考えられたのは、すでに別の器を得ており、そちらに流れてしまったという単純な理屈。
ストリックの睨んだ通り、新たな器を得た怨念が彼女を迎え撃つ。
「『暗天に請え』――」
地上から幾つもの黒の矢が放たれる中、ストリックの口から詠唱が紡がれる。
「『降り注ぐは漆黒の槍――絶望と共に黒に染まれ』」
身体を丸め、被弾面積を最小限にする中、それは完成する。
「――――『シャドウ・レイン』!!!」
闇魔法の中でも最大級の威力を誇る、漆黒の雨。
空中に設置、即解放されたその魔法は、地上から生者を引き込もうと待ち構えていた黒の兵隊を打ち抜いた。直後、落下の勢いのまま蠢いていた一つの影に短剣を突き込む。頭を吹き飛ばすが、彼らアンデッドはそれだけでは止まらない。着地したストリックを背後から襲う素振りを見せたが、遅れて飛来した何かに原形を留めない勢いで押し潰される。
「なんだそれ、かっけーな」
「フフン! 【獣王】ポポロ様のお通りだー!!」
ストリックと共に地上に舞い降りたのは、【獣王】(自称)ポポロ。
死霊術師ネルチェが使役する魂の内の一つであり、ひょんなことからストリックとの交友を深めた人物でもある。普段はネルチェが持つ『安寧のロザリオ』にその魂を寄せているが、髪の毛や皮膚など生前の情報を持っている依り代を『御霊の傀儡』という特殊な人形に組み込むことで、自立した行動を可能にしていた。
そんな彼女の職業は【死霊術師】であり、適性はモンスターのテイム。
死したモンスターを召喚し、それらを使役して兵隊たちを蹂躙する。すでに骨だけとなったモンスターばかりだが、いずれも大型級であり、死霊術師の補助も合わさったそれらの侵攻は容易には止められない。骨だけワイバーンの背で小躍りする人形は滑稽な姿だったが、貴重な援軍となっていた。
しかし、相手もただのアンデッドではない。
彼らはいずれも、闘技場内に囚われていた歴戦の猛者たちである。仮初の肉体は各自の魂の在り様に引っ張られ、戦士や剣士、弓兵など各自の生前に近いフォルムに生まれ変わっていた。彼らの合間を縫いながら乱戦を仕掛けるストリック。その背には、クシャーナに奪われていた装備『闇夜の羽衣』が戻ってきている。
これが、クシャーナが生きていると確信した理由の一つ。
闇属性への恩恵をフルに活用し、さながら魔法剣士のように立ち回る。【戦士の狂宴】決勝で使用した【占星術師】のスキル『マーカー』『オラクル』。さらには極限で開花した、闇属性スキル『シャドウ・シャドー』による身体強化。全てが噛みあったストリックは、さながら黒の竜巻と化し、触れた者全てを粉砕していく。
「これは……とんでもないね」
『マーカー』で定めた相手、ハイロが思わず声を零す。
闘技場から引き抜いた魂は、神器持ちを除いては間違いなく、死霊術師ハイロにとっての最高戦力。死霊術師のバフをも合わせれば、彼らは一騎当千の強靭無比な兵隊となる。事実、そうなっていたのだが、たった一人の盗賊が仕留められない。ポポロという例外がいるにはいたが、問題はそこではない。しまいには回復したエミットも地上の乱戦に参戦し、次々と持ち駒が減っていく。
「これで、ワンキルだ」
「やれやれ、まいったね」
万全を期して誘い込んだ、死地の舞台。
どうやらそれは、自分の墓標だったらしい。あくまで仮初だけどね、と卑屈な笑みを浮かべたが、そこには達観した感情が含まれていた。踏んではいけない虎の尾、その逆鱗に触れた男に刻まれるのは、神速の刃。抵抗を諦めたハイロの首を吹き飛ばすだけでなく、存在自体残さないとばかりによたつく身体に剣尖が幾重にも走り、その存在を塵へと変えた。
程なくして、主を失った兵隊たちの処理も終わる。
「【北側】制圧完了。ハイロはまた移った。警戒しろよ」
短く連絡を取ったストリックは、すでに次の戦場を見据えていた。




