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1話:3つの拳

 冒険者の中でもトップ10の実力者に贈られる、誉れある称号"十拳(じゅっけん)"。


 その10人の頂点に立つのは、うら若き乙女クシャーナ。


 瑠璃色の艶やかな髪は短めに整えられているが、その美しさは過酷なダンジョンに潜った後でも変わらない。顔立ちも端正なものだったが、顔の上半分を覆い隠す黒いマスクに遮られ、その素顔を拝むことは叶わなかった。


 剣士ながら蒼と黒を基調とした、薄手のドレスを常に纏っており、戦闘の様子を見た冒険者は「まるで蝶のようだった」と口を揃えて応えた。


 羨望の眼差しで見られる彼女だが、親しい友好関係を築いたものはおらず、その出自や性格などはベールに包まれたまま。


 一種の憧れか、はたまた偶像か。


 人々はその神秘性に酔い、彼女を【瑠璃色蝶(ラピスラズリ)】と呼んだ。



 *



 人々が行き交う、大きな街。


 ダンジョンに隣接するように造られたこの街では、活気が溢れている。この世界ではダンジョンがあちらこちらに存在し、冒険者は古びた故郷を捨てこぞってその身を投じる。ダンジョンの中には様々なモンスターが生息しており、その素材やドロップアイテムは人々の生活の糧となっていた。


 その中で人の波を搔き分け、何やら喚く女が一人。


「おい! クシャーナ! クシャーナ=カナケー!!」

「……ん? 誰かと思ったらストさんじゃん」

「ストさん言うな!」


 呼ばれた本人であるクシャーナは、目の前で息を吐き膝に手を付いている女性に、軽く挨拶を返す。


「ははっ、街中でフルネームを大声で呼ばれるとか、ウケる」

「勝手にウケてんなよ! ああ、くそっ……なんで私はこんな女に勝てないんだ……」


 マイペースなクシャーナに、女性が今度は頭を抱えだす。


 その女性はクシャーナよりも背は高く、黄金の輝きを放つ金髪を後ろで纏め、長い尾を作っている。貴婦人が被るような上品な羽根つき帽子と、赤いハンターマスクで口元を覆った姿は、奇天烈ながらやけに様になっていた。


 マスクの奥に見えるのは、獲物を射殺せそうな鋭い目付き。背中に羽織る重厚なマントは、闇夜に溶け込む色をしていた。


 そんな威圧感も感じさせる女性だが、クシャーナとは知り合いらしい。


 あくまで気さくに返すクシャーナに、それが気に食わないらしい女性。嚙み合わない会話を繰り広げること数分、そんな二人のやり取りに、どうやら周りの群衆も気づいたらしい。


「おい、あれ……【瑠璃色蝶】じゃないか?」

「うわっ、ほんとじゃん。隣のは【灰掛梟(グレイオウル)】のストリックか?」

「冒険者序列1位と2位のコンビとか贅沢だなー、近々でかい攻略でもあんのかね」


 周りの冒険者が浮足立つのも無理はない。


 "十拳"のトップに位置するクシャーナ、そして次点のストリック。一種の憧れを秘めてのことか、道行く冒険者は歩みを止め、物珍し気に指を差しながら話す。その様子が癇に障ったのか、ストリックと呼ばれた金髪の女性は盛大に舌打ちをかまし、近くの冒険者にガンを飛ばす。


「くそがっ! 見世物じゃねぇよ!」

「ははっ、ストさんが騒いだからじゃん、ウケる」

「だからっ、勝手にウケるんじゃねぇよ!! くそっ……おい、テスタ! お前も遅いんだよ!!」


 どこまでも振り回されるストリックだが、今度は矛先を変え来た道を振り返る。


「も~~……ストリックが速いんだよぉ~」

「うっせぇよ! 私と行動するからには、常に最速を心掛けろ!」


 ストリックが来た道からは、人波を掻き分け少女がスポンッと顔を出した。


 ふわっとしたピンクの髪の毛と、まるんとした目と顔が可愛らしい少女だ。ストリックと比べなくても小柄だが、その背中には大きな緑色のリュックを背負っており、まるで亀の甲羅を背負っているようだった。


「おっ、序列6位の【緑牢亀(テストゥードー)】もいるのか」

「二人と比べると綺麗って感じじゃないけど、可愛いよなー。俺密かにファンなんだよ」

「お前まさかそっちの趣味が……いやありか?」


 好き勝手言う群衆の壁を通り抜け、ようやく少女も合流。


「無茶苦茶言うなぁ、ストさんは……おっと」

「あ、クシャーナおはよう~……あれ、もうこんにちはかな?」

「ああ~~~! もうどっちでもいいわ!!」


 完全に群衆に囲まれた状況にも関わらず、マイペースな3人のやり取りは、それからしばらく続くのだった。



 *



 適当に群衆を撒いた後、3人は並んで街の外へと向かっていた。


 颯爽と現れて冒険者のトップに君臨したクシャーナ=カナケー。その存在が気に食わずちょっかいを掛ける、万年2位のストリック=ウラレンシス。ダンジョン内で知り合ったストリックに付いて回るテスタこと、セミテスタ=ケアー。


 彼女達はギルドにも入っておらず、ソロ活動がメインの冒険者だ。


 それでも負けず嫌いなストリックがクシャーナに付き纏っているうちに、3人で活動することが多くなった。巷の冒険者の間では最早チームとして認識されているらしいが、ストリックは認めたがらなかった。


「……で、次はどこに行くんだ?」

「別にストさんまで付き合わなくてもいいのに」

「いいじゃんいいじゃん、せっかくだし旅は道連れってね~」


 先ほどもフラフラと何処かに行ったクシャーナを、ストリック達が慌てて追いかけてきたというだけなのだが、クシャーナも別に嫌な顔はしなかった。単純に不思議そうな顔をして、ストリックの怒りゲージを溜めただけだったが、まあまあとセミテスタが慣れた様子で仲裁に入る。


 他の冒険者からすれば、迷宮の最下層にいるダンジョン主を討伐に行くぐらいの戦力ではあるが、3人の、取り分けクシャーナの関心はそこにはないらしい。


 クシャーナはのんびりと歩きながら、手に持った地図を二人に見せるのだった。


「次の()()探しは、ここのダンジョンにしようと思ってさ」

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