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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

賢者への贈り物~『愛娘と魔王』より

作者: 筒居誠壱

「今日は、ギルドに魔法薬を納める約束なのだが、王宮からお呼びが掛かってね。ギルドから、アローメという女性が受け取りに来るから、クリスティから渡してもらえないかな」


 お父様は、申し訳ないといった様子で、私にお願いをしてきた。

 私とお父様は、王都アルアントで、もう八年も二人で暮らしている。


 お父様の名はマルークと言って、今でこそ魔法薬を作ってギルドに卸しているが、魔王を倒した五人の英雄の一人らしい。


 お父様はそのことについては話したがらないし、私の生まれる前のことなので詳しくは分からないけれど。


「そうか、今日は私塾に行く日だったね。一日、勘違いをしていたよ。これはもう、王宮へ伺うことは断るしかないか……」


 突然、お父様は思い出したように、そんなことを言い出した。


 確かに今日は、私塾で先生から文法や算術を教わる日だ。

 でも、その程度の娘の予定のために、王宮からの呼び出しを断るなんて、あり得ないと思うのだけれど。


「大丈夫よ。ギルドにはもう何十回と連れて行ってもらっているから、私が私塾へ行く前に、ギルドへ寄って、渡してくるわ」


 私がそう答えても、お父様は納得しないようだ。


「いや、クリスティを一人であんな所まで行かせられない。そうだ。ルシーリアに頼んでみるか」


 お父様は、どうやら昔からの知り合いの魔女に、ギルドへの用事を頼むみたいだ。

 そう思って私がゆっくりしていると、


「クリスティ。済まないが、今日は私塾への送り迎えもできないんだ。それもルシーリアに頼むから、一緒に出よう」


 突然、そんなことを言い出したので、私は驚いてしまった。


「お父様。私塾こそ、もうずっと通っていますから、大丈夫です」


 私はそう言って、思わず笑ってしまったのだが、お父様は真剣だった。


「いや、クリスティは可愛いから、悪い奴らに狙われるかもしれない。とても一人では、あんな所へは遣れないよ」


 ギルドだって私塾だって、そんなに治安の良くない地域にある訳ではないのに、そんなことを言って、とても心配そうな顔だ。


 もう出掛ける準備は整っていたし、こうなるとお父様は譲らないのもいつものことだ。

 本当に王宮からの呼び出しを断ってしまいかねないので、私はお父様と一緒に家を出ることにした。




 お父様は、いつも私と一緒にいてくれる。

 以前、私塾の友だちは、「クリスティのお父様は、過保護よね」なんて言っていた。


「今日、エメーラに、お父様は過保護だって言われたわ」


 私がその晩、夕ご飯を食べながら、そう言うと、お父様は何だか慌てたみたいだった。


「クリスティは、私の大事な娘だから、当たり前のことをしているのだけれど、それが過保護に見えるのかな?」


 お父様は、言い訳みたいにそう言ったけれど、私から見ても、ちょっと変わっていると思う。


「魔法使いは、どうしても変わり者だと見られるのだよ。いや、クリスティは別だ。クリスティは、そんなことにはならないと思うがね」


 他の人はそんなことを言わないだろうに、よくそうも言っていた。




 ルシーリアさんは、王都のバザールで占い師をしている。


 銀色に輝く長い髪と、グレーの瞳が何だか謎めいて見える、とても魅力的な女性だ。


 お父様も彼女を信頼しているらしく、時々、お店を訪ねているし、彼女も私に、とても良くしてくれる。


 お父様が、まだ開店前の彼女のお店の扉をドンドンと叩くと、ルシーリアさんが扉から顔を覗かせた。


「こんな朝早くから誰かと思ったら、マルーク、あなたなの。私、昨日は遅かったのだけど……」


「今日はこれから、王宮へ行かなくてはならなくなってね。クリスティの送迎と、ギルドへ薬を納めることをお願いしたいんだ」


 お父様は容赦なく、彼女に依頼を告げる。

 私は申し訳なくて、ちょっと縮こまってしまう気がした。


「マルーク、あんたねぇ」


 ルシーリアさんは、そう言って頭を掻いていたけれど、彼女もお父様が譲る気がないことが分かっているらしい。


「キラヴェール ラタヴァンベル キネーセ」


 呪文を唱えると、彼女の身体が七色に輝き、その光が消えると、他所行きの服を着て、メイクもばっちり整った、いつも見るルシーリアさんの姿がそこにあった。




「ルシーリアさん。すみません」


「いいのよ。悪いのはマルークなんだから。まったく、私のことを何だと思っているのかしらね」


 ギルドに向かいながら、最初に彼女に謝ったが、その後は急ぎながらも、会話するのは楽しかった。


 お父様は、「ルシーリア、クリスティを頼むぞ。迎えも間に合えば私が行くが、くれぐれも頼む。油断するな」なんて、とても危険な場所に送り出すみたいなことを言った。


 ルシーリアさんは、そんなお父様に、「ハイハイ。さっさと行かないと、遅れるわよ」と、気のない返事をしていたけれど、ちゃんと私を送ってくれていた。




「アローメさんはいらっしゃいますか?」


 ギルドを訪ねた私は、お父様の言っていた担当の方を呼んでもらい、無事に魔法薬の代金を受け取ることができた。


「クリスティさん。おひとりなのね。おつかい偉いわね」


 アローメさんには、そんなことを言われてしまった。もうそんなことを言われる年齢でもないのにと、少し恥ずかしい思いがしてしまう。

 ルシーリアさんにも、一緒に来てもらっているし。


「もうすぐ感謝祭ですから、お代金の中から、お小遣いもいただけるかしらね」


 にこにこしながら、アローメさんにはそんなことまで言われてしまう。本当に小さな子ども扱いされてしまっているみたいだ。



 でも、彼女の言った「感謝祭」という言葉に、私は思うところがあった。


 感謝祭では、神様に感謝を捧げるだけでなく、身近なお世話になっている人にも、日頃の感謝の気持ちを伝えると良いと、私塾の先生は毎年教えてくれる。


 私が一番感謝しているのは、なんと言ってもお父様だ。

 だから、毎年お手紙を書いて、感謝の気持ちを伝えてきた。


 でも、今年はお手紙だけでなく、何か心に残るような物を贈りたいとも思っていたのだ。


「ルシーリアさん。お父様に何か贈るとしたら、どんな物が良いかしら?」


 ギルドから私塾へと送ってもらいながら、私は彼女にそう尋ねてみた。


「マルークが喜ぶ物ね。十年も前なら、お酒一択だったろうけど、今はね。何が好きなのかしらね」


 彼女も首を傾げている。


 私もお父様の好きな物って、あまり思いつかないのだ。何かが欲しいなんて言っているのを聞いたこともないし、ギルドから魔法薬の代金が入ると、すぐに私に何か欲しい物はないかと聞くくらいなのだ。


「あまり悩まなくても、クリスティから貰った物なら、何でも喜ぶんじゃないの」


 私塾が目の前に迫っていたこともあって、ルシーリアさんは、笑いながらそう言って、そのまま私に手を振ると、元来た道を帰って行ってしまった。




「カテレーア先生。感謝祭のことなのですけれど……」


 私が声を掛けると、先生は優しい笑顔で、「はい、クリスティさん。どうしたのかしら」と応えてくださった。


「あの、近しい人に感謝の心を伝えるのに、贈り物をしたいと思っているんです。でも、どんな物が良いのか、思いつかなくて」


 私が困った顔を見せると、先生も顔に手を添えて、考えてくださった。


「やっぱり贈られる方が好きな物が好ましいでしょうけれど……、なかなか難しいわよね」


 先生はいつも、私の疑問に丁寧に答えてくださる。

 今日の相談は、私塾で教えていただいていることには、直接の関係はないのだけれど、それでも真剣に考えてくださっていた。


「そうね。では、その方がいつもされているご趣味は何か、分からないかしら。趣味の物は、こだわりがある方も多くて、難しいこともありますけれど、一般的な物なら、いいかもしれないわ」


 そうして、そんなアドバイスをくださった。



(お父様の趣味って、何だろう?)


 私はまた、考え込んでしまう。

 魔法薬の調製はお仕事だし。

 お父様がいつもしている事って、私には魔法薬作りくらいしか思いつかなかった。でも、お父様は、


「私はこういう細かい作業は苦手でね」


 なんてよくおっしゃっている。

 魔王を倒した魔法使いなのだから、魔法は得意なのだろうけれど、やっぱり趣味とは違う気がする。


 お父様は、幼かった私にも分かり易いように、いつも優しく丁寧に魔法を教えてくれたのだ。

 自分が好きでなかったら、ああは行かないと、私はずっと思っている。


(でも、私が魔法でできることって、何かしら?)


 魔法は便利で、色々なことができるのだけれど、お父様の喜ぶこととなると、ちょっと思いつかない。


(感謝祭まで時間はあるから、もう少し考えてみよう)


 私はそんな風に思って、それから思いついたアイデアを、その都度、検討してみることにした。




 その数日後、私はお父様と聖ポラストゥル教会を訪れた。


「ナタリア。今日は君に会えるなんて運がいいな。神に感謝するよ」


 お父様はそんなことを、この教会を主宰されるナタリア様におっしゃっていたけれど、大聖女と呼ばれる彼女に、そんな口がきける人なんて、そんなにいないだろう。


「私の方こそ、あなたにお会いできて嬉しいわ。それに、クリスティさんも」


 ナタリア様は、以前お会いした時に見せてくださったのと同じ、慈愛に満ちた、落ち着いた様子で私たちを迎えてくれた。


 彼女もお父様たちと魔王を倒した五人の英雄のひとりだ。


 二年ほど前だろうか、私がそう尋ねると、


「もう十年も前の話ですよ」


 彼女は穏やかな笑みを浮かべて、そうおっしゃったから、間違いないはずだ。



「マルークさん。あなたも礼拝ですか。結構ですな」


 近所の方か、ローブをお召しだからギルドの方かもしれない。お年を召した男性がお父様に話し掛けて来られた。


 どうやら彼は、お父様と少しお話しをしたいみたいだった。



「ナタリア様。感謝祭のことなのですけれど」


 その様子を眺めてみえた聖女様に、私は思い切って訊いてみることにした。


「いつもお世話になっている方に、贈り物をしたいのですけれど、どんな物がお薦めですか?」


 私の突然の質問にも、彼女はゆっくりと丁寧に答えてくれる。


「感謝祭ですか。教会でも、お世話になった方に、感謝の心をお伝えすることは良いことだと教えています。でも、まずは感謝の祈りを捧げてからですよ」


 そうおっしゃって、一瞬だけ、いたずらっ子ようにも見える笑顔をお見せになった。

 でも、すぐに真面目なお顔に戻られた。


「人間は弱い者です。そして、その弱さを補い、支え合いながら生きています。ですから、贈り物をすることで、その人の弱いところを補って、助けてさし上げられればいいのかもしれませんね」


 ナタリア様のおっしゃることは、崇高すぎて、私なんかには難しい気がした。


「ナタリア、クリスティ。待たせて済まなかった。まさかここで仕事の話をすることになるとは思わなかったよ」


 お父様が戻ってきたので、ナタリア様とのお話しはそこまでになってしまった。



 教会からの帰り道、


(お父様の弱いところって何だろう?)


 私は、ずっとそんなことを考えていた。


 魔王を倒した英雄で、王国でも指折りの魔法使い。

 お父様の調製される魔法薬は、効果が高いと評判で、色々な方から感謝されているらしい。


「私は弱い人間だ」


 もうずっと前に、お父様がぽつりとそうおっしゃったことがあって、私は驚いたのだけれど、とてもそうは思えない。

 私のことを大事にしてくれて、何でも望みをかなえてくれる、神様みたいに強い人なのに。




 そうこうしているうちに、感謝祭が近づいてきた。

 私は王都で迎えた初めての感謝祭のことを思い出していた。


「今日は神様だけでなく、いつもお世話になっている人にも感謝を伝えましょう」


 そうおっしゃった私塾の先生の言うとおり、お手紙を書いて渡すと、お父様はとても喜んでくれた。


(やっぱりお手紙かしらね)


 でも、お手紙は毎年、渡しているし、今年は何が違うことをと思って考え始めたことなのだ。


 去年の感謝祭だって、感謝の手紙に、「お父様に神様のお恵みが訪れ、幸せに暮らせますように」と書いてお渡ししたのだけれど、お父様は、


「クリスティが私の所へやって来てくれたことが、一番の幸せだ。クリスティが幸せなら、私も幸せなんだ。だから、いつも笑顔を見せておくれ」


 そんなことを言って、私は嬉しかったけれど、赤面する思いだった。




 そうして、私がぐずぐずして心を決められないでいると、とうとう、感謝祭の当日を迎えてしまった。


 お手紙は用意したけれど……、少し残念だったなと思って迎えた、その日の朝、突然、ルシーリアさんが、私たちの家を訪ねて来た。


「何だ、ルシーリア。こんな朝早くから」


 お父様はそんなことをおっしゃっていたけれど、彼女は平気な顔だった。


「今日は、クリスティさんに話があるの。マルーク、あなたは邪魔だから、ギルドにでも行ってらっしゃい」


 今日は感謝祭なのだから、ギルドだってお休みではないのかしらと思ったのだけれど、ルシーリアさんは、追い立てるようにお父様を外出させてしまった。

 そして、私とふたりだけになると、彼女は私ににっこりと笑いかけた。


「クリスティちゃん。感謝祭でマルークに贈る物は用意できた?」


「いえ、なかなか思いつかなくて」


 私は恥ずかしくて、隠れてしまいたい気持ちだった。私は彼女に、贈り物のことを相談したことをすっかり忘れてしまっていたのに、彼女はずっと覚えていてくれたのだ。


「マルークが喜びそうな物って、難しいわよね。彼って物を欲しがらないし、大体のことは自分で何とかしてしまうもの」


 本当にルシーリアさんの言うとおりだ。お父様の魔法は凄いし、ずっと私と二人で暮らしているから、何でも自分でできる人なのだ。


「ルシーリアさんがおっしゃった好きな物も、私塾の先生のおっしゃった趣味の物や、大聖女様の弱い物とか、考えてみたのですけど、かえって分からなくなってしまって」


 小さな声で返す私に、ルシーリアさんは白い歯を見せた。


「大丈夫。おねえさんが、マルークが絶対喜ぶこと請け合いの贈り物を思いついたから、一緒に用意しましょ」


 彼女はそう言って、腕まくりするような様子を見せた。



「まずはテーブルからね」


 彼女は真っ白なテーブルクロスを出すと、それを綺麗にテーブルに掛けた。


 そうして、今度は持って来たかばんから、透明なガラスがカットされた、花瓶を取り出して、テーブルの上に飾る。


「うん、こんな感じかしらね」


「ルシーリアさん。お花が……」


 せっかくの花瓶に入れるお花がなくて、私はちょっと心配になった。


「大丈夫よ。任せてね」


 ルシーリアさんは、心配ないといった様子で、私に笑顔を見せた。


「これをテーブルにきれいに並べてくれる?」


 私に渡されたのは、ピカピカと光る、カトラリーだった。

 そのナイフとフォークにスプーンも、丁寧にテーブルに並べていく。


 その間に、彼女は真っ白なお皿をいくつもテーブルに置いていく。


「ルシーリアさん、これって」


 私にも何となく、彼女がしようとしていることが、分かってきた。


「細工は流流、仕上げを御覧じろってね」


 彼女は片目を瞑って、また私に微笑むと、おもむろに呪文を唱え始めた。


「キルーフェ ポーヴァ トゥツトゥーラ ニューア」


 彼女の詠唱とともに、テーブルに置かれたお皿が浮き上って、温かい色をした光に包まれ始めた。


「魔力の根元たる万能のマナよ。我にその日の糧を与えよ!」


 力ある言葉に応え、テーブルの上が輝きに包まれた。

 その光が落ち着くと、お皿には、湯気を立てるスープや、新鮮そうなサラダ、焼いた鶏肉にクリームソースを掛けたお料理、美味しそうなパンまでが揃っていた。


「すごい……」


「えっへん。私、この魔法だけは、誰にも負けない自信があるのよね。魔力の消費量も多いから、気軽には使えないのだけれどね」


 ルシーリアさんは、自慢気に胸をそらして、私に告げた。


「次はクリスティちゃんね。ライトの魔法は使えるわよね?」


 彼女はそう言って花瓶に木の枝を挿すと、私にその先に光を灯すように言った。


 彼女の言葉に私は頷き、呪文を唱える。


「ルセフェール フォヨケーヴ」


 私は彼女が指さす先の、テーブルの花瓶に入れられた木の枝の先に、たくさんの光を灯していった。


「氷の魔法も使えるかしら?」


 私はまた頷いて、呪文を唱え、小さな氷の球を作り出す。


「うん、ちょうどいいわ。もう一つお願いね」


 彼女は私の作った氷の球を、グラスに入れて水を注ぐと、料理の側に置いてくれた。



「レストランみたい……」


「いいでしょう? でも、ここまでは前菜みたいなものよ。メインディッシュはこれね」


 彼女はそう言って、私に向き直った。


「キラヴェール ラタヴァンベル キネーセ」


 彼女が呪文を唱えると、私の服が七色の輝きを放った。


 眩しい光が収まると、私が着ていた普段着は、ピンクのドレスに変わっていた。


 赤い靴も、少しだけ高いヒールの、何だか大人っぽく見えるものだった。


「うーん、クリスティちゃん、とっても可愛いわ。マルークもきっと喜ぶわよ」


「ルシーリアさん!」


 私は恥ずかしくて、顔が熱くなるのが分かるくらいだった。

 でも、ルシーリアさんは真面目な顔になって、


「マルークに感謝の気持ちを伝えたいんでしょ。少しだけ我慢なさい」


 そう言ったあと、すぐに悪戯っぽい笑顔を見せて、


「じゃあ、邪魔者は消えるから。クリスティちゃん、後はがんばって」


 親指を立てて見せると、私が引き止める間もなく、お家から出て行ってしまった。


 お料理が二人分しかなかったのは、こういうつもりだったんだと、私は迂闊にも、その時になって初めて気がついたのだった。




「これはいったいどういうことだい?」


 お家に戻ったお父様は、玄関で迎えた私の姿に驚いていた。


「お父様、おかえりなさい。それから、いつもありがとう」


 そう言ってペコリと頭を下げながら、私は今のドレス姿には、ちょっと似合わない行動だったかしらと思った。


「クリスティ。本当に綺麗だよ。ドレスがよく似合ってる」


 お父様はそんな私の考えに気がつくこともなく、そう言って褒めてくれた。



 テーブルに案内すると、さすがにお父様も目を丸くしていた。


「残念だけれど、私がしたのはライトとお水の氷だけなの」


 私が正直に話すと、お父様は笑顔を返してくれた。


「クリスティが魔法で準備してくれたんだ。とても嬉しいよ。ありがとう」


 私がしたことなんて、本当にほんの少しのことなのに、大袈裟に喜んでくれた。

 そしてテーブルに着くと、料理を見回して、今度は少しだけ顔を顰めた。


「そうか。ルシーリアの奴、奮発したな。後が怖い気もするが、ありがたくいただくか。なにしろ、私の好みや趣味を、いや弱点をよく知っているようだからな」


 そう言って嬉しそうに、また私の方を見てくれていた。


 お父様の言葉で気づかされたことがあった。

 お父様の好きな物、弱い物、それから趣味って、実は全部、私のことだって、そう気づいたのだ。


 きっとルシーリアさんも、そのことに気づいていて、感謝祭の日を待っていてくれたんだ、私はそうも思った。




 その後、私たちはふたりでお話ししながら、楽しく食事をいただいた。

 ドレスで食事なんて、少し緊張したけれど、お父様とお話ししているうちに、いつものペースが戻ってきて、美味しくいただくことができた。


「今日は本当にびっくりしたけれど、最高の感謝祭だったよ。クリスティに感謝だな。ルシーリアにもね」


 お父様はそう言って、また、笑顔を見せてくれた。



 食事がちょうど終わったころ、ルシーリアさんの掛けた魔法が解けて、私はドレスから普段着に戻ってしまった。


 でも、魔法が解けても、お父様はご機嫌だった。


 ふたりでお皿を洗って、片付けをしながら、お父様は、ちょっと難しいといった顔を見せた。


「ルシーリアにこのまま返すわけにもいかないな。シチューでも作って持って行くか」


「お父様、ありがとう。お父様のシチュー、私も大好きなくらいとても美味しいから、ルシーリアさんも、きっと喜ぶわ」


 私がそう言っても、珍しく渋い顔で、


「クリスティの為に作るのは、何の苦にもならないが、どうも面倒だな」


 そんな風にブツブツと言いながら、それでもお鍋を用意して、シチューを作り始めてくれた。


 でも、私だって聖ポラストゥル教会で、以前、大聖女様が、教えてくれたから知っているのだ。


「マルークは、本当に嬉しくて、気分の良いときは、鼻歌と一緒に肩を揺らすのです。隠してもすぐに分かります」


「マルークには秘密ですよ」と言いながら、珍しく悪戯っぽい笑顔を見せてくれたナタリア様は、お父様のことをよくご存知のようだった。


 キッチンから、お父様の機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえ、肩を揺らす後ろ姿が見える。


(ナタリア様のおっしゃったとおりみたい)


 お父様はルシーリアさんの為だけでなく、私たちの分も、私の大好きなシチューを作ってくれるみたいだ。


 ダイニングに、美味しそうな匂いが流れて来る。

 私はもう、それだけで、とても温かい気持ちになっていた。


連載小説『愛娘と魔王~愛娘が心配すぎて魔王討伐のパーティーに加わってしまった魔導士の悲劇』

の本編も連載中です。下部にリンクがありますので、そちらもお読みいただけたら嬉しいです。

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本編の、『愛娘と魔王~愛娘が心配すぎて魔王討伐のパーティーに加わってしまった魔導士の悲劇』を連載中です。
また、前作の、『賢者様はすべてご存じです!』も完結しています。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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