第二十五話 信じる心
笑いが収まった後、ムントはわざとらしく大きくため息を吐く。
「あなたも知っているでしょう。エミリナ女王が子供の頃の家庭教師がアークス様であったことを」
そのとおりだ。
エミリナ女王の勉強は、アークスが教えていたのだ。
護身用の剣の稽古はガイムが指導していたが、その時エミリナ女王はいつも楽しそうにアークスとの出来事をガイムに話していた。
そして、それがほのかな恋心だともガイムは分かっていた。
だからこそ、百年前にアークスがエミリナ女王を裏切った時、ガイムは激怒したのだ。
「そもそも百年前、王国中が死に絶えてアンデッドになった大事件もエミリナ女王は知っていたのかもしれませんね」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
ムントの推論にガイムは激しく反論する。
そんなはずはないのだ。
「助けて」とエミリナ女王はガイムに助けを求めたのだ。
それが全て嘘だったはずがない。
しかし、そんなガイムの心を読んだかのように、ムントはとどめを刺す。
「そういえば、女王はこの秘密の通路を教える時、こんなことも言っていました『ガイムはこの通路を使ってやってくるでしょう。必ず邪魔者のガイムを仕留めなさい』とね」
「まさか……」
絶句したガイムはそれ以上言葉が出なかった。
ムントの戯れ言など信じることはない。
しかし、その戯れ言だと全てのつじつまが合う。
ガイムの心の中で信頼が崩れ始めた。
すると、急にガイムの身体が薄くなり始めた。
ガイムの生きる源である「エミリナ女王への信頼」が揺らいだ為、精神体のゴーストであるガイムの気力が減り、身体を保てなくなり始めたのだ。
「ガイムさん、信じちゃダメ!」
カリンが叫ぶ。
「ん? 何だ、お前は」
ルクが岩石の隙間からカリンを睨みつける。
「おそらく、アークス様が言っておられた魔法使いたちだ」
「ああ。村のアンデッドを滅ぼしたという奴らか。こいつらはどうする?」
「どうするもなにも、岩石の向こうでは何もできないだろう」
「それもそうだな。おい、お前、命拾いしたな」
ルクはあざけるように笑いながら、カリンから視線を外した。
しかし、カリンは叫び続ける。
「ガイムさん、こんな小物二人なんて、さっさとやっつけちゃって!」
「小物だと? 小娘!」
再びルクがカリンを睨みつけるが、ムントが止める。
「よせ。それよりも小娘の目の前で、騎士団長を倒す方がよっぽど面白いぞ」
「それもそうだな。小娘、そこでガイムがやられるのを見ていろ!」
ルクは剣を抜くと、ガイムと対峙した。
しかし、ガイムは立ち直ることができず、剣を構えることもできない。
「ガイムさん、諦めないで! 気力回復」
すると、カリンの手から霧状の神聖魔法が放たれる。
その魔法を岩石の隙間から受けたガイムは、目が覚めたようにハッとした。
「そうだ! エミリナ女王を私が信じないでどうする」
ガイムは剣を構え、ルクに向かって突進する。
急に正気に戻ったガイムに驚いたルクは、防戦一方となってしまった。
「へぇ、補助系神聖魔法も使えるんだ?」
感心したシャスターがカリンを見つめる。
「この程度の補助系は神聖魔法の基本だから」
たしかに「気力回復」は防御壁と同様、基本の神聖魔法だ。
通常、気力回復は、敵の呪いなどによって気力が落ち込んだ味方に、気力の回復を行う神聖魔法だが、精神体であるゴーストにはとても効果的だった。
基本だからこそ、術者の能力が顕著に表れる神聖魔法だ。
そしてシャスターが見立てでは、ガイムの気力はかなり回復している。それだけカリンの潜在的な信力が大きいということだ。
(カリンの神聖魔法の潜在能力は高いな)
魔法使いの魔法にも、神聖魔法ほどの威力はないが、気力を回復させる魔法がある。
シャスターはその魔法をガイムに放とうとしたのだが、カリンに先を越されてしまった。
しかし、そのおかげで、カリンの神聖魔法の能力がかなり高いことが分かった。
ただ、当の本人はシャスターが驚いていることに気付くこともなく、岩石の隙間からガイムの戦いを熱中して見ている。
その姿を見て少しだけ笑ったシャスターも隙間から覗き込んで、ガイムの戦いを見守ることにした。
もうガイムが負けることはないと確信しながら。




