第二十四話 洞窟通路
洞窟の中は思っていたよりも快適だった。
等間隔で青い光が灯されていて、洞窟内なのに明るい。
ガイムの話では、半永久的に青白く光るマジックアイテムがふんだんに埋め込まれているとのことだった。
「これなら王都まで思っていたよりも早く着けそうね」
一列の真ん中を歩いているカリンが陽気に声を上げた。
洞窟内はそれほど幅が広くないので一列で歩くしかないのだが、洞窟はある程度舗装されており平坦な通路で歩きやすい。
「国王が通る道ですからね。歩きやすいように洞窟を造り替えているのです」
先頭を進むガイムが歩きながら後ろを振り向いて答える。
ガイムは騎士団長の時、定期点検のため年に数回この洞窟を歩いていた。だから洞窟内も慣れたものだった。そもそもこの洞窟は一本道なので迷うこともない。
「もう少し歩くと、かなり広い場所に出ます。そこで少し休みましょう」
洞窟の通路に入って三時間ほど経った頃、ガイムが後ろの二人を気遣って休憩を提案した。
「あ、もうこんな時間なんだ!」
カリンが時計を見て驚いた。
すでに正午だ。洞窟にいると時間の感覚が分からなくなるようだ。
「着きました。ここでお昼休憩にしましょう」
ガイムが駆け足で広場に向かう。
その時、突然異変が起きた。
洞窟の天井が崩れ始めたのだ。
「危ない!」
とっさにシャスターはカリンを後ろへ引っ張ると、自らも後方へ跳んだ。
その直後、二人がいた場所に岩石が落ちてきて、通路を塞いでしまった。
「あいたたた」
「カリン、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
間一髪だった。
もし、シャスターが引っ張ってくれなければ、今頃カリンは岩石の下敷きになっていただろう。
カリンの心臓がバクバク音を立てて鼓動している。
「そうだ! ガイムさんは?」
まさか、岩石の下敷きに。
カリンは顔面蒼白になる。
「私も大丈夫です」
すぐにガイムの声が聞こえてきてカリンはホッとした。
「良かった!」
しかし、心から喜ぶわけにはいかなかった。
洞窟内が崩れてしまい、通路が塞がれてしまったのだ。これでは秘密の通路を使うことはできない。かなりの痛手だ。
しかもガイムとは分断されてしまい、前を歩いていたガイムだけが広場に一人残されてしまった。
「シャスターの魔法で何とかならない?」
「無理。岩石を破壊することは簡単だけど、天井崩壊を誘発する恐れがあるからね」
岩石を破壊するほどの魔法を使えば、周りも崩れしまう可能性が高いということだ。そんな危険な賭けをすることはできない。
「申し訳ありません、お二人を危険な目に合わせてしまいまして」
崩れた岩石にはいくつかの隙間があり、その隙間からガイムがこちらに謝っている姿が見える。しかし、その隙間はどれも小さく人が通るのは到底無理だ。
「あ! でも、ガイムさんはゴーストだから岩石も通り抜けできるんじゃない?」
カリンが当然過ぎる感想を述べた。
ゴーストとは幽霊のことだ。身に付けている鎧を外せば、壁や岩石など通り抜けられるのではないかと。
そもそも、岩石が落ちてきてもゴーストならば潰される心配もないはずだ。
カリンの考えは至極当然のことだったが。
「残念ながら、私は通り抜けすることができないのです」
ガイムは苦笑した。
百年前、彼もカリンと同じ質問を宮廷魔術師であるナバスにしたことがあった。
ナバスや副騎士団長のレアスたち五人で村や町をまわり、アンデッドを消滅させていた時のことだ。
ゴーストなのに家の壁を通り抜けられないことに、迂闊にもだいぶ経ってから気付いたガイムは、豊富な魔物の知識を持っていたナバスに疑問を投げかけたのだ。
その時のナバスの解答にガイムは愕然としたのだが。
「なぜなら、私たちは……」
ガイムがナバスから聞いた理由を話そうとした。
まさにその時だった。
広場の前方から、人の話し声が聞こえてきた。
「運良く、助かったのか?」
「だから、もう少し天井が崩れる範囲を拡げておけば良かったのだ」
「そんなに上手く細工なんて出来ねえ。それに今更言っても仕方がないだろ。俺たちの手で騎士団長を葬ってやろうぜ」
「まぁ、そうだな」
ガイムはその声に聞き覚えがあった。緊張した表情で剣を抜く。
「お前たち!」
広場に現れたのは二人のゴーストだった。
ガイムを見て薄ら笑いを浮かべている。
「お久しぶりですね、騎士団長。こんな形で会えるとは意外でしたよ」
「よくもまぁ、百年間も逃げ切ったものだ」
「お前たちこそ、どうしてここにいるのだ? ルクにムントよ!」
その名前を聞いて、岩石の反対側にいるシャスターとカリンは驚いた。
ガイムを裏切った二人と遭遇したからではない。ガイムと女王しか知らないはずの秘密の洞窟通路に、二人が現れたからだ。
そして、その驚きはガイムも一緒だった。
「この通路はエミリナ女王しか知らないはず。どうしてお前たちが知っているのだ?」
「そんなの決まっているじゃないですか。アークス様に教えてもらったのですよ」
馬鹿にしたようにムントが答えるが、ガイムは納得していない。
「そんなはずはない! この通路はアークスも知らなかったはずだ」
混乱しているガイムを見ながら、ムントはさらにニヤけた。
「エミリナ女王がアークス様に教えたのですよ」
「そんな馬鹿な!」
あり得ないことだった。しかし、それ以外に知る術がないのも事実だ。
「まさか! エミリアナ女王を拷問したのか?」
「それこそ馬鹿な考えですよ。アークス様がそんなことをするわけがないでしょう」
呆れ果てたムントはため息をつく。
「それでは何故……」
「だ、か、ら、エミリナ女王が教えてくれたのですよ! 我々もその場にいて聞いていましたからね」
そんなはずはない、耳を疑うような出来事にガイムは呆然とした。
「はぁー、あなたがここまで理解力に乏しい人とは思いませんでしたよ」
「ムントよ、騎士団長は女王がまだアークス様と敵対していると思っているんじゃねえのか?」
「あ、なるほど」
ルクの推測で合点がいったムントは、ガイムに哀れみの表現を浮かべる。
「アークス様とエミリナ女王は親密な関係なのですよ」
「……!!」
唖然としたガイムを見て、裏切り者のルクとムントは下卑な笑い声を上げた。
その大笑いは、洞窟中に響き渡った。




