第二十三話 秘密の砦ランゲン
翌朝、ガイムが現れた。
「おはようございます」
二人も挨拶を交わすと、身支度を済ませてランゲンに向かう。
途中、何事もなく馬で進むことができた一行は、数時間後、秘密の砦ランゲンに着いた。
「ここです」
ガイムは指差した場所は、ただの木々が生い茂る場所だった。しかし、ガイムとスケルトンの騎士たちは、その茂みをかき分けて進んでいく。
その後をついていくシャスターとカリンだったが、しばらくすると、茂みの中から洞窟が現れた。
「ここが入口です」
確かに、これなら絶対に見つけられないだろう。
一行は馬がやっと一頭入れるほどの大きさの洞窟の中を進む。
すると、視界が一気に開けた。
「わぁ、広い!」
カリンが思わず声を上げる。
狭い入口を過ぎると、そこは広大な洞窟が広がっていた。
「私もここに来るのは、あの時以来なのです」
あの時とは百年前に王都から逃げて来た時のことだ。
部下も仲間もいた時のことは思い出したくないので、ガイムはランゲンには近寄らなかったのだ。
「ルクとムントたちも来た形跡はないようです」
副騎士団長レアスたちを襲撃した裏切り者……元分団長のルクとムント、そして宮廷魔術師ナバスの弟子だった二人の魔法使い。
裏切り者の四人も、この百年間ランゲンには来ていないことにガイムはホッとしていた。
「それで、わざわざここに来た理由は?」
ガイムとスケルトンの騎士たちが洞窟内を一通り確認して戻ってきた後、シャスターがガイムに尋ねた。
朝の村から直接王都に向かってもいいのに、遠回りしてランゲンに寄ったということは理由があるはずだ。
しかも、近寄りたくなかった思い出の地なら、尚更来る必要はない。実際、ガイムはこの百年間来ていない。
それなのに、敢えてランゲンに来たのは、何か特別な理由があるに違いないとシャスターは思っていた。
「実は、ランゲンにはエミリナ女王と私だけの秘密があるのです」
「えっー! なになに?」
二人だけの秘密と聞いて、カリンは断然興味が湧いたが、ガイムは笑って手を振った。
「カリンさんが想像しているような秘密ではないですよ」
「なんだー、残念」
恋愛話を期待していたカリンはガッカリした。
その表情を見たガイムはさらに笑うと、スケルトンの騎士たちをその場に待機させ、自身は洞窟の奥へ歩き始めた。
シャスターとカリンもガイムの後に続く。
広大な大広間の洞窟には何本もの通路が繋がっていた。
ガイムはそのうちの一つに入ると、さらに歩き続ける。通路は長く延びており左右にはいくつもの部屋がある。
しばらく歩いたガイムは通路の突き当たりで止まる。そこには扉があった。
「ここが私の部屋、騎士団長室です」
扉を開けて入ると、中はかなりの広さだった。
事務室に応接室など、ガイム専用のいくつもの部屋が繋がっている。豪華とまでは言えないが、それでも洞窟の中とは到底思えないしっかりとした造りの部屋だ。
ガイムはそれらの部屋の中で、寝室の扉を開ける。その部屋の真ん中にはベッド、そして壁にはいくつもの本棚が置かれていた。
「私はこのランゲンの静かさが好きでして、王都の騎士団本部を除けば、一番長く過ごしていたのがこのランゲンでした」
ガイムは当時を思い出して微笑んでいた。ガイムの大切な記憶の一片なのであろう。
「あぁ、すいません。感情に浸っている場合ではなかったですね」
ガイムは一番端の本棚の本を何冊か手に取る。
ただ、それは読むためではなかった。本が空いた場所を何やら触ると、突然本棚が横に動き出す。
すると、本棚があった場所の壁には大きな穴が空いていた。
「すごい!」
仕掛けに驚いたカリンが声を上げる。シェスターも興味津々に穴の奥を覗く。穴は人が通れるほどの大きさで、ずっと奥まで続いている様子だった。
「この穴が、エミリナ女王と私だけの秘密です」
「どういうこと?」
意味が分からないカリンに、ガイムは話を続ける。
「この穴の先は洞窟となっていて、長い道が続いています。そして洞窟の出口は、城のエミリナ女王の部屋なのです」
「あっ!」
カリンは合点がいった。
有事の際、王族は城から逃げ出すために、秘密の通路があると聞いたことがある。
つまり、シュトラ国王が逃げ出すための通路がこの洞窟であり、ガイムの団長室が出口ということだ。
「この洞窟通路は代々、国王と騎士団長しか知らない秘密の通路です。だから、裏切り者のルク、ムントはもちろん、アークスも知りません」
何の邪魔もなく容易に城までたどり着けるどころか、上手くいけばアークスたちに見つかることなく、エミリナ女王を救い出すこともできるのだ。
「でも、なぜ今まで使わなかったの?」
「それはですね……」
この通路を使えば、エミリナ女王を救出できるかも知れない。
しかし、失敗すればこの通路の存在がバレてしまい、二度と使うことはできない。
今までガイムは、成功するかどうかも分からない状況で、安易に使うことができずにいたのだ。
しかし、シャスターという強力な味方ができ、秘密の通路を使うことを決めたのだった。
「シャスター様のお陰です。ありがとうございます」
ガイムは深々と頭を下げた。
彼の百年越しの願いが叶えられるかもしれないからだ。
「いいの、いいの、気にしないで。ねぇ? シャスター」
代わりにカリンが答えたが、シャスターもうなずいて肯定した。
「この通路が女王の部屋に繋がっているとはいえ、軟禁されている女王が自分の部屋にいる可能性は低い。だから女王の部屋に着いたら、ガイムはエミリナ女王がいそうな場所を片っ端から探して、見つけたらこの通路を使ってすぐに逃げ出す」
的確なシャスターの指示に納得したガイムだったが、一つ疑問が残る。
「分かりましたが、シャスター様はどうするのですか?」
「もちろん、アークスを探すよ」
元々シャスターの目的は、アークスからフローレを元に戻す方法を聞き出すことだった。
アークスが知っているかどうかは分からない。しかし、死者をアンデッドにする薬を作ったほどの男だ。魂を肉体に戻す方法を知っていても不思議ではない。
「アークスはシュトラ王国歴代の神官長の中でも、最も神聖魔法に長けた実力者です。もし戦いになってしまった場合は、奴の防御壁にはお気をつけください」
「ありがとう。心掛けるよ」
心配してくれているガイムにシャスターは笑いかける。
「それでは行きましょうか」
三人は洞窟通路に入っていった。




