第二十一話 レアスの記録 7(シュトラ王国過去編8)
四人の元部下たちと別れてさらに三ヶ月が過ぎた。
ガイムたちのまわった村や町は五十を超えた。
そして、ついにある一つの場所で五人は立ち止まった。
「中核都市リンゲン」
ガイムがつぶやく。
ここはシュトラ王国に四つある中核都市の一つだった。人口は五万人を超え、広さも今までの村や町とは桁違いだ。
「五万ものアンデッドか……一人が一万を倒せば良いわけだ」
ガイムは軽く言うが、そんな生半可な量ではないことは充分に分かっていた。
今まで一番多くても一人で千体程度だった。それでも終わった後は、しばらく疲れで動けなかったくらいだ。
それが、一人で一万ともなると……。
「長期戦を覚悟の上で戦わないといけませんな」
ナバスがため息をつくが、倒さないわけにはいかない。
唯一の救いは、アンデッドたちからは、攻撃を受けることはないことだ。こちらが一方的に倒すだけなので、五人がアンデッドから攻撃を受けて倒されることはなかった。
しかし、それでも疲労が極限を越えれば、ゴーストでも消滅してしまうだろう。五万との戦いは、五人が消滅してしまう可能性も充分にあり得るのだ。
五人にとって厳しい戦いとなることは明白だった。
「騎士団長、これをお返ししておきます」
そんな中、副騎士団長のレアスが他の者たちに見つからないように、ガイムにある物を渡す。それは真実の指輪だった。
真実の指輪……指にはめておくと、その者からの視点ではなく、その者の周囲さえも映像として録画し続けるという、シュトラ騎士団が持つ貴重なマジックアイテムだ。騎士団は二つ所有していた。
「当然、私もこんなところで消えるつもりはありませんが、早いうちに返しておいた方が良いと思いまして」
レアスは今回の事件が起こる前、ガイムから真実の指輪を渡されていた。万が一に備え、ガイムとレアスがそれぞれ、王宮の内と外から映像を撮っておくためだ。
その万が一が、現実のものとなってしまったのだが。
ガイムが指にはめていた真実の指輪は、王宮内でのアークスとのやり取りの映像記録を皆の前で見せた為、失われている。
一度映像を見てしまうと、指輪は壊れてしまうからだ。
「ガイム騎士団長が持っていてください」
すでに王宮の外から映像を撮るというレアスの任務は終わっていた。しかし、レアスはその後も誰にも知られることなく、ずっと映像をここまで撮り続けていたのだ。
「分かった。俺も引き続き録画を続けよう」
ガイムはレアスから真実の指輪を受け取ると、そのまま自分の指にはめた。
「我々の記憶……いいえ、シュトラ王国の記録として、後世に伝えるためにお願いします」
「それでは、この指輪を『レアスの記録』と命名しようか」
ガイムとレアスは共に笑った。
いつの日か、シュトラ王国に平和に戻り、そして過去に起きた出来事を多くの人々に知ってもらうために。
「それでは行こうか」
ガイムが正門をゆっくりと開ける。
そこには無数のアンデッドの姿があった。
ガイムは先陣を切って駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「これで、全てでしょうか?」
「多分な……」
開始してから一ヶ月後、中核都市リンゲンのアンデッドの掃討がようやく終わった。
かなりの日数が掛かってしまったが、都市の規模から考えれば仕方がないことだ。
五人はアンデッドを倒しながら、途中途中で精神力や体力回復のため、数時間の休息を取っていた。
しかし、それでも日に日に疲労は溜まり続け、後半は倒す数も半減していった。
そんな大変な日々がやっと終了したのだ。
想像を超えるほどの過酷さであり、心身ともに極限ギリギリまで消耗した。しかし、誰も消えることはなかった。五人が一致団結して戦い続けた成果だった。
「あの宿屋で休もう」
五人は近くの宿屋に入ると、そのままベッドの上へ倒れ込んだ。当分の間は立ち上がることさえできない状態だ。
ゴーストは寝る必要はあまりないのだが、目を閉じて意識を落としていくと、心地良く深い休息に入ることができ、回復のスピードが上がる。人間の時の習慣が残っているからだ。
五人は心身を回復させるため、それぞれが意識を落としていった。
それからどのくらい経過したのだろう。
ガイムは異変に気付き、目を開いた。
隣の部屋で大きな物音がしたからだ。時計を見ると、半日以上は経過していて窓の外は暗くなっている。
隣の部屋で四人の誰かが休んでいるのは間違いないが、誰かまでは覚えていなかった。
ガイムはベッドから起き上がろうとしたが、まだ身体が思うように動かない。
(全回復までは、まだまだ時間がかかるということか)
しかし、そんなことを言っている余裕はない。
ガイムは重い身体を起こすと、ふらふらしながらも隣の部屋のドアを開ける。
「なっ!?」
ガイムは驚きの声を上げた。
ベッドの上には、背中から剣を刺されたナバスが横たわっていたからだ。
「ナバス殿!」
ガイムはナバスを抱き抱えるが、すでに意識はない。ナバスの身体が徐々に消え始めている。
「誰がこんな酷いことを?」
しかし、ガイムが怒り出すよりもはやく、さらに隣の部屋から物音がした。
急いで隣の部屋に移動したガイムは、今度は弟子のリアンが剣を突き抜かれて倒れているのを発見した。
「レアス、フート! 奇襲だ、気を付けろ!」
ガイムの声は宿屋中に響いた。
しかし反応がない。
「まさか、二人とも……」
「その、まさかだよ」
突然の声にガイムは反応することが出来ず、背中を斬られた。普段の彼なら簡単に避けることができただろうが、身体が半分も回復していない現状では無理だった。
声の主は部屋のクローゼットの中に隠れていたのだ。
「さすが騎士団長さんだな。ゴーストでも倒せる魔法の剣で斬りつけたが、致命傷にはならなかったか」
「お前は……ルクか!」
造反した二人の騎士のうちの一人、ルクがニヤけた顔をしてガイムの前に立っていた。
「残念ながら、レアス副騎士団長もフートも向こうの部屋で剣を突き刺されていますよ」
あとから部屋に入ってきたのは、もう一人の造反騎士ムントだった。
「お前たち……なぜここに?」
致命傷にはならなかったとはいえ、ダメージを受けたことには違いない。ガイムは片膝をつくと苦痛に顔を歪ませた。
「おっと、無理をしない方がいいぜ、騎士団長さんよ。どうせ、あんたはここで消えるんだ」
ガイムの前で二人は大笑いした。勝ち誇った笑いだ。
「この都市の五万ものゴーストを倒すなんて、なかなかやるじゃないですか。しかし、そのせいでしばらくの間は身体が自由に動かない。こんなチャンスはあまりないものでね、襲わせてもらいました」
二人は自分たちをずっと尾行していたのか。
しかし、殺される理由が分からない。
「お前たちは……何がしたいのだ?」
「せっかくゴーストになって、永遠の命を手に入れたんだ。俺たちは面白可笑しく暮らしていきたいだけだ」
「それなのに、あんたはアンデッドの討伐なんていうくだらないことを命じた。正直、俺たちにとって国民の魂なんてどうなっても構わないのですよ」
「なんだと……」
ガイムは怒りで震えた。と同時に、こんな二人を登用した自分の誤ちに対して腹が立つ。
「それでもお前たちは王国を守る騎士なのか!」
「俺たちは死んでゴーストになった時点で、騎士じゃなくなったのではないですか?」
「それでも騎士道の精神は残っているだろう」
「騎士道? 俺たちは最初からそんなもの持っていないぜ。偉くなって好き勝手にしたかっただけさ」
二人はもう一度大笑いをする。
「さてと、騎士団長さんよ、そろそろ死んでもらうぜ。あんたらを全滅させるように命じられているからよ」
「命じられただと?」
この二人は誰かに命じられてここに来ているか。
彼らに命令できるほどの者で、ゴーストになった者は王宮にはいなかったはずだ。しかも、ナバスたちの背中には魔法の剣が刺さったままだ。
二人は貴重な魔法の剣を何本も持っていたということだ。
誰かから譲り受けたことは間違いない。
多くの魔法の剣を持っており、二人に命令できるほどの実力の持ち主とは……。
「……まさか!?」
ガイムの脳裏にひとりの男の姿が浮かんだ。
その男はゴーストではない。
しかし、二人に命令できるほどの実力者だ。さらに言えば、奴は自分たちを全滅させることを望んでいるはずだ。
「アークスか!」
「そのとおり。俺たちはアークス様の部下となりました」
「アークス様のおかげで、俺たちは不死になれたからな」
「お前たち、それを本気で言っているのか?」
そのせいで、シュトラ王国の国民が犠牲になったのだ。それなのに、この二人はアークスに感謝をしているのだ。
「何度も言うが、俺たちにとって国民なんかどうなっても構わないんですよ」
「ああ。それにアークス様は俺たちに自由を与えてくれた。俺たちはこれからもアークス様についていくぜ」
「お前たち……」
その時だった。
突然、後ろの扉から二つの影が飛び込んできて、ルクとムントに覆いかぶさる。
レアスとフートだった。
「貴様ら、まだ消えていなかったのか?」
床に顔をつけたまま、ムントがわめく。
「ふん、奇襲を受けたぐらいで、分団長に負けるほど落ちぶれていないぞ」
「副騎士団長、その言い方は酷いですよ」
「ああ……フート、悪かった。お前は別格だ」
「なにをごちゃごちゃ喋っているんだよ!」
ルクが怒り狂って立ち上がろうとするが、フートの締め付けは微動だにしない。
「ちくしょう!」
「諦めろ。同じ分団長でも、新参者のお前たちとは実力が違うんだよ」
フートはさらに強くのしかかった。レアスも同様にムントを強く押さえ込む。
「二人とも無事だったのか!」
ガイムは嬉しさのあまり重い身体を起き上がらせ、二人に駆け寄る。
「おっと、騎士団長は無理しないでください。今回もアンデッドを一番倒したのは騎士団長なのですから、その分負担が大きいのは当然です」
「フートの言うとおりです。それに、アークスがここに来る可能性もあります。我々のことは気にしないで、早くここから逃げてください」
「逃げるのなら、お前たちも一緒に!」
ガイムが二人に加勢しようとするが、それをレアスが止めた。
「騎士団長、我々はもう助かりません」
レアスの言葉で、うかつにもガイムは二人の身体の変化に初めて気付いた。
二人とも半分消えかかっている。
ルクとムントに襲われた時点で、レアスとフートは消えるはずだった。それをかろうじて残っていた精神力を振り絞って、ガイムの危機に駆けつけたのだ。
二人ともすでに限界を超えていた。
「お前たち……」
「こいつらは我々が倒します。だから騎士団長は逃げてください」
レアスは笑ったが、すぐにその表情が苦痛に変わる。
彼の消えかけている身体が、さらに鋭い刃物のようなもので斬り刻みられたからだ。
「疾風の刃」
扉の奥から呪文が聞こえたかと思うと、今度はフートの身体が斬り刻まれた。
二人とも何が起きたのか分からないまま、その場に倒れ込んだ。
「おいおい、助けに来るのが遅いじゃねえか」
「ふん、お前たちだけで倒すと豪語していたのに情けない姿だな」
そこにはルクとムントと一緒に離反した魔法使いの二人が立っていた。
「お前たちまで、アークスの手下になったのか?」
ガイムの驚きに魔法使いは笑った。
「我々も彼ら同様にアークス様に感謝しているのでね。魔法使いが、魔法を探求するのには人間の年月では短すぎますからね。ゴーストになれたおかげで、好きなだけ魔法に没頭できるなんて有難いことです」
「さてと、これでまた形勢逆転となったわけだ」
ルクは立ち上がるとレアスを蹴飛ばす。
「ぐふぉ!」
のたうち回るレアスをルクはさらに踏みつけた。
「こいつらは、じきに消える。あとはガイム騎士団長を倒すのみ」
ルクは猛獣のような顔で笑う。
ガイムは剣を握るが、正直それだけで精一杯だった。到底、二人の騎士と二人の魔法使いに敵うはずがない。
それを分かっているからこそ、ルクたち四人は余裕の表情で攻撃を仕掛けようとしている。
「ここまでか……」
ガイムが諦めかけようとした、その時。
「うおぉー!」
大きな唸り声が聞こえると、ルクたち四人の身体が動かなくなった。
「何だ?」
なんと、レアスが両手でルクとムントをがっしりと掴んでいる。同様に、フートも魔法使い二人を掴んでいる。
それで四人は動けなくなったのだ。
「貴様、離せ!」
ルクとムントは剣でレアスの顔を殴るが、レアスは両手を離さない。
「騎士団長、今のうちに早く!」
フートが大声で叫ぶ。彼もまた魔法使いに身体中を殴られている。
「離せ、死に損ないが!」
「騎士団長、早く!」
「お前たち……」
ガイムは今自分がすべきことを分かっていた。部屋の窓を開けると縁に足をかける。
「ガイム、逃さんぞ!」
ルクがガイムを捕まえようとするが、レアスの力が強くて動けない。
「くそ、離せ!」
「なんて力だ!」
ルクとムントはもう何十回もレアスを殴り蹴っているが、レアスは絶対に両手を離さない。フートも同じだ。しかも、晴れ上がった顔には笑みさえ浮かべていた。
「ガイム騎士団長、アークスを倒してエミリナ女王をお助けください」
「一緒にお供できないのは申し訳ありませんが、騎士団長ならおひとりでも大丈夫です」
「一緒に過ごした日々は、充実したものでした。本当に今までありがとうございました!」
「お達者で! シュトラ王国の未来に幸あれ!」
窓縁に立ったガイムは二人に敬礼した。
「ああ、必ずアークスを倒して、エミリナ女王をお救いする!」
その頬からは止めようがないほどの涙が溢れていた。
「二人とも先にあの世で待っていてくれ」
そう言うと、ガイムは窓から飛び降りた。
下には馬小屋があり、スケルトンの馬が繋がれている。そして馬小屋には干し草が積まれていた。そこまで分かっていた上で、ガイムは二階から飛び降りたのだ。
屋根を突き破って落ちたが、干し草がクッションになり、ガイムに落ちたダメージはない。すぐに馬にまたがったガイムは、後ろを振り向くことなく駆け出して逃走した。
ガイムは追っ手に捕まらない様、がむしゃらに馬を走らせた。どこを走っているのかも分からない。
そんな時間が何日も続き、やっと馬から転げ落ちるように地面に足をつけた。
「レアス、フート。お前たちの仇は必ず取る!」
ガイムは涙を流しながら空に向かって叫んだ。
それから、ガイムの一人旅が始まったのだ。
ガイムはシュトラ王国の各地を転々と周り、仲間のゴーストを探し続けた。
一人になってしまい、さらに王国全体が巨大な森林に埋もれ始め、探すのは困難を極めていた。
しかし、それでも五十年後には、レアスによって各地に異動していたガイム直属の部下と出会うことができた。
「お前たち!」
ガイムは嬉しさのあまり涙を流した。
残念ながら、皆自我のないスケルトンになってしまっていたが、そのうち数人は自我がなくてもガイムの言葉が分かるようだった。
彼らは忠実な部下として、ガイムと一緒に各地を回ることとなったのだ。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
サブタイトルの「レアスの記録」「ガイムの記録」の過去編8話は、これで終わりです。
長い過去編になりましたが、次話から現在に戻ります。
第二章「死者の森編」まだまだ続きますが、これからもよろしくお願いします!




