第十九話 レアスの記録 5(シュトラ王国過去編6)
「そして、王宮に戻ってきた私は、呆然としている宮廷魔術師のナバス殿たちと出会ったのだ」
ここでガイムは指輪の石をもう一度押して、映像を止めた。使い道を終えた指輪は黒い石が灰色に変色をしたと思うと粉々に砕け散った。
「自分の死体が足元にあれば、誰でも呆然としますぞ」
ナバスが苦笑した。彼らもガイムと同じ反応をしたということだ。
「それから我々のようにゴーストになっている者がいないか、王宮中を探していたのだが、残念ながら他には誰もいなかった。そこで騎士団本部に向かったというわけだ」
ガイムはここで一息ついた。
副団長のレアスと分団長たちは、王宮で起きたことに驚きを禁じ得なかった。しかも、この状況は王都だけでなく、国中に広がっているということだ。
「これから、我々はどうすれば良いのでしょうか?」
アークスの言うことが正しければ、シュトラ王国には生者は二人だけ。
防御壁に守られているエミリナ女王とアークスしかいないということだ。
ガイムたちでさえ、生者ではなく死人だからだ。
そんな彼らが目的など持てるのであろうか。
しかし、ガイムの目的は明白だった。
「エミリナ女王をお助けする!」
ガイムは力強く声を上げる。
「しかし、今すぐには無理だ。防御壁は、ナバス殿たち魔法使いの協力があって破壊できたが、その魔法使いも半減してしまった。だからこそ、まずは体制を立て直すことから始めよう」
国中を探せば、彼らのようなゴーストになった者が他にも見つかるかもしれない。その者たちを集めて戦力を補強してから、アークスに挑もうとガイムは考えていた。
「それは良いとして、エミリナ女王は大丈夫なのかな?」
ナバスが危惧しているのはエミリナ女王が殺されてしまうのではないか、ということだが、その点に関してガイムは心配していなかった。
もし、アークスがエミリナ女王を殺すつもりならば、とっくに殺しているからだ。
薬をばら撒いた時など絶好のタイミングだったはずだ。
しかし、アークス殺さなかった。
アークスにとっては、エミリナ女王を生かしておく理由があるということだ。
「エミリナ女王の身の安全は大丈夫でしょう」
エミリナ女王から預かったペンダント……シュトラ王家の者が生きている限り輝くマジックアイテムは、輝き続けたままだ。
アークスがエミリナ女王を殺さない理由は分からない。
しかし、エミリナ女王が生きてさえいれば、今はそれだけで充分だ。
「さて、そろそろ日が暮れ始めてきたようだ。明日の早朝から捜索を始めることにしよう」
ゴーストは寝る必要があまりないのだが、人間の時の習慣がすぐに無くなることはないようで、横になって目を閉じると休息できる。
交代で見張りを立たせることを決め、ガイムは宿舎の部屋で横になった。
昨夜からの凄まじい出来事を鮮明に思い出しながら、ガイムは目を閉じた。
翌朝、ランゲンを出立した九人は、近くの村に立ち寄ることにした。ランゲンから歩いて数時間、三百人程度の村だったはずだ。
おそらく村人は全員死んでいるのだろう。ただ、もしかしたら彼らのように自我を持ってゴーストになっている者がいるかもしれない。
その僅かな可能性を求めてガイムたちは村へ向かったのだ。
「そろそろ森を抜けます。その先に村が見えます」
先頭を歩くレアスが皆に声をかける。
それから彼らは森を抜けた。そして目の前には村があった。
しかし、彼らが想像していたものとは全く違う光景が、目の前には広がっていた。
「何なのだ、あれは?」
レアスが震えながら声を上げる。
しかし、ガイムはそれを責めなかった。自分も同じ気持ちだったからだ。
「スケルトン……我々と同じアンデッドですな。まぁ我々ゴーストよりは下位ですが」
冷静にナバスが答える。さすが宮廷魔術師だけはある、魔物に関しての知識は、騎士たちよりも遥かに多いようだ。
「あれがスケルトンか、初めて見る」
ガイムの視線の先には、数百ものスケルトンが村の中をゆっくりと彷徨っていた。
「我々の住むシュトラ王国付近……アスト大陸の南西中央部の南に位置するゲンマーク山脈の南側は、魔物がほとんどいない稀有な安全地域ですからな。スケルトンなど見ることはなかったのですよ」
しかし、その神話はすでに崩れ去ってしまった。
「まぁ、我々もゴーストだから他人のことは言えんが」
笑いながらナバスは村に近づいていく。
「ナバス殿、危険です!」
ガイムが制止しようとするが、ナバスはそれを無視して村に入る。さらに、スケルトンたちの群れの中に入っていく。
「危ない!」
しかし、不思議なことにナバスはスケルトンに襲われない。それどころか、悠々と村の中を歩きまわっている。
さらに、ナバスがガイムたちを手招きして呼んでいる。
「何を躊躇しておるのですか? 我々もアンデッドですぞ。アンデッドがアンデッドに襲われる道理はないでしょう」
言われてみれば、その通りだった。
スケルトンは人間を襲う魔物だと知っていたが、ガイムたちはすでに人間ではないのだ。
ナバスの後を追って村へと入ったガイムたちだったが、スケルトンたちに襲われることはない。
「ナバス殿、このスケルトンたちはやはり……」
「うむ、ここの村人たちで間違いはないですな」
村に数百ものスケルトンが突然に現れるはずがない。しかも、村には村人たちの死体がない。
アークスが話していた「アンデッドになる薬」は本当だったのだ。
「我々とは違い、スケルトンには自我はない。幸いなことに、我々は精神力が強かったおかげで、自我を保ったままゴーストになれたが、普通の者はこのように自我のないアンデッドになるのでしょうな」
ナバスの説明は皆を驚かせた。
つまり、シュトラ王国中の国民が自我のないアンデッドにされてしまったということだ。
「王都エアトの住民たちも今頃は……」
ナバスは口を閉ざしたが、何を言いたいのかは容易に理解できた。
王都には十万もの住民が暮らしていた。つまり、王都はアンデッドで埋め尽くされている。
そして、シュトラ王国中の全国民、百万人以上の人々が、目の前を彷徨っているアンデッドになっている。
「人々を殺すだけでも許せんのに、こんな姿にするとは……アークスは絶対この手で倒す!」
死者を冒瀆する行為にガイムは怒りを覚えた。
死んだ後も彷徨い続けなくてはならない人々たち。自我がないとはいえ、あまりにもかわいそうだ。
早く彼らを安らかな眠りにつけさせてあげなくてはならない。
ガイムは剣を抜くと、近くにいたスケルトンを叩き斬る。スケルトンは肩から腰にかけて一刀両断で斬られると、そのまま崩れ去った。
「ガイム騎士団長!?」
レアスが驚きの声を上げた。スケルトンになったとはいえ、元々は村の人間だからだ。
「騎士団は民を守るためにある」と公言していたガイムが、スケルトンになったからといって、村人を斬るなどあってはならないことだ。
しかし、レアスの声を無視して、ガイムはその後も二人、三人とスケルトンを倒していく。
「ガイム騎士団長……」
もう一度声を上げたレアスはガイムの表情を見てハッとした。彼の目元から光り輝くいくつもの小さな粒が落ちていたからだ。
「ガイム殿は、この方法しかないことが分かっているのだよ」
「ナバス殿……」
ナバスの表情も悲しみに沈んでいた。
「自我がないとはいえ、人々の魂はスケルトンの中にある。つまり、彼らの魂を解放するためには倒すしかないのだ」
「そんな……」
レアスは巡察で、この村に何度も来たことがあった。その都度、ここの村人たちは騎士団に温かいもてなしをしてくれたのだ。
それをスケルトンになったからといって、彼らを自らの手で倒すことは、あまりにも酷なことだ。
だが、騎士団長だけに心の重荷を背負わせるわけにはいかない。
「フート、ルク、ムント、いくぞ!」
「はっ!」
レアスたちはガイムに続き、スケルトンと戦い始めた。四人が剣を振るうたびにスケルトンたちが倒れていく。
「我々も戦うぞ」
ナバスは弟子たちに命じると、自らも魔法を唱える。
「疾風の刃」
鋭い風の刃がスケルトンに当たると、スケルトンの身体がボロボロになって崩れていく。
五人の騎士と四人の魔法使いのスケルトン殲滅が開始された。
それから時が過ぎ、九人は村のスケルトンを全て倒すことに成功した。
「はぁ、はぁ……みんなすまないな」
一人で五十人以上を倒したガイムはさすがに息が荒い。いくらゴーストでも戦い続ければ疲れは溜まるようだ。
「気にしなくてよいですぞ。儂らもガイム殿と同じ気持ちです」
ナバスがガイムをねぎらうが、問題はこれからだ。
「それで、これからどうするつもりかな? 全ての村や町でもアンデッドを倒すのなら、かなり時間がかかると思うが」
「もちろん、我々の目的は自我のあるゴーストを見つけ出すことです。しかし、その過程で村や町に寄らなくてはならない」
「つまり、シュトラ王国の全てのスケルトンを倒すと?」
「はい」
ある程度分かっていた答えだったので誰も反論はしなかったが、シュトラ王国全体にはおよそ三百もの村や町、そして都市がある。それらを全て廻るとなると、想像もできないほどの時間と労力がかかるだろう。
「まぁ、確かに人々の魂を解放してあげなければならないか……」
ナバスは少しだけ考え込んだが、すぐに結論を出した。
「分かりました。我々もガイム殿に同行しましょう」
「ありがとうございます。お前たちもいいか?」
「我々騎士は団長の指示に従います」
レアスは少しだけ笑った。自分の上司は一度決めたら曲げない性格なのをよく知っているからだ。
「悪いな」
ガイムは皆に頭を下げると、村の馬小屋に向かった。
そこには骸骨化した馬が何頭も繋がれていた。馬もまた人間と同様にスケルトンになっても不思議なことに動いている。
「先ほど戦っている時に、こいつらを見つけたのだ」
スケルトンの馬に誰もが驚いていたが、移動手段としてはこれほどありがたいものはない。
九人はそれぞれスケルトンの馬に乗ると、次の村に向かって走り始めた。




