第十八話 ガイムの記録(シュトラ王国過去編5)
真実の指輪は、昨夜のガイム行動を映し出し始めた。
アークスの防御壁を破ったガイムは王宮奥に繋がる通路を全速力で走り抜けると、女王の部屋の扉を勢いよく開けた。
「アークス!」
その部屋の中央にアークスは立っていた。エミリナ女王と一緒に。
しかし、エミリナ女王は両手両足を鎖で繋がれており、苦しそうに床にへたり込んでいる。
「貴様―! エミリナ女王に何をした!?」
ガイムは剣を抜くと怒号の勢いでアークスに斬りかかる。
しかし、目に見えない壁に跳ね返された。アークスは女王の部屋にも防御壁を張っていたのだ。
「慌てるな、ガイム。エミリナ女王は無事だ。苦しんでいるのは、一時的な発作のようなものだ。この防御壁の中では影響はない」
「やはり、死の薬をばら撒いたのは貴様か!」
「死の薬? あぁ、あれのことか……。あれは爆発的な勢いで、シュトラ王国中に空気感染する」
「なんだと!?」
ガイムは驚愕した。死の薬は王宮内だけで留まると思っていたからだ。死の薬が王都、そして国中に広がったらどうなってしまうのだろうか。
「今夜中にシュトラ王国の全国民が死に絶えるということだ」
まるで他人事のように言い放ったアークスに、ガイムの怒りは頂点に達した。
「貴様! シュトラの国民を何だと思っているのだ!」
バリアが張られていることは分かっているが、それでもガイムは何度も何度もバリアを斬りつけた。
「そんなことをしても防御壁は破れぬ。それよりも自分のことを心配した方が良いのではないか?」
「何だと?」
ガイムは剣を握っている自分の両手を見る。
「何だ! これは!?」
手が透き通っているではないか。いや、手だけではない。腕も足も身体中全てが、半透明になっているのだ。
そして、さらに驚愕的な事実が目の前に映っていた。
「なぜ……、俺の身体が足元に倒れているのだ!?」
自身の身体が床に倒れている。
そして半透明化したこの身体……。
「まさか……」
「お前はすでに死んでゴーストになったのだ。怒りに我を忘れて、ゴーストになったことさえ気付かずにいたようだな」
アークスは苦笑したが、そこには称賛も含まれていた。
「お前が言っていた『死の薬』だが、正式には『死んでアンデッドになる薬』だ。ただ殆どの者が、自我の無いアンデッドになるのだが、さすが騎士団長だ。見事、自我が残るゴーストになったのだな」
「ふざけるな! 国を奪いたいのなら実力で奪えばいいだろう。何故、国民を殺す必要がある?」
「死人の国をつくりたいからさ」
氷のような冷たい視線を受けたガイムは、思わずゾッとした。
自分の理想の為に全国民を犠牲にする、この男にとって国民はただの使い捨ての駒に過ぎないのだ。
「アークス、お前は絶対に許さない!」
ガイムがさらに剣を振ろうとする。
その時だった。
「ガ……イム……」
か細い女性の声が聞こえたのだ。
声を掛けられたガイムは驚いたが、それ以上に歓喜がこみ上げてきた。
「エミリナ女王、ご無事でしたか!」
ガイムは剣を下ろしひざまずく。
ガイムを呼んだ声は倒れ込んでいたエミリナ女王だったからだ。意識が戻ったのだろう。
さらにガイムだけではなく、アークスも驚いていた。
アークスにとっても、エミリナ女王が意識を戻すのは想定外だったのだろう。
「エミリナ女王……」
呆然としているアークスの横で、エミリナ女王は上半身をゆっくりと立ち上げた。
「ガイム……」
「はっ!」
「おねがい……たす……けて」
その言葉を聞いた瞬間、ガイムは行動に移っていた。再び剣を握るとバリアを破壊し始めたのだ。
「エミリナ女王、もうしばらくお待ち下さい。このガイムが必ずお助けします!」
「無駄だと言っているのが分からぬのか!」
アークスが叫ぶ。
常に沈着冷静なこの男が叫ぶなど滅多にないのだが、それだけエミリナ女王が意識を戻したことは意外だったのだろう。
「ガイム……これを……」
エミリナ女王は首にかけていたペンダントに魔力を吹き込みながら引きちぎると、ガイムに向けて投げた。
魔力をまとったペンダントはバリアをすり抜けて、ガイムのもとに届く。
「エミリナ女王……」
ガイムはそのペンダントを知っていた。何度かエミリナ女王に見せてもらったことがあったからだ。
シュトラ王家に代々伝わるペンダント、王家の者が生きている限り輝きを放つマジックアイテムだ。
ガイムはペンダントを拾うと、再びバリアに剣を叩きつける。
そんなガイムとは対照的にアークスはすでに冷静さを取り戻していた。
エミリナ女王の額に手を当てると、何やら小声で呪文を唱える。すると、エミリナ女王は再び意識を失ってしまった。
「アークス、エミリナ女王に何をした!」
「お前には関係ないことだ」
エミリナ女王を抱き抱えたアークスはもう一度だけガイムに視線を向けると、そのまま部屋の奥にある扉を開けて消えてしまった。
「待て!」
ガイムは叫びながら剣を振うが、金属音だけが虚しく響き渡るだけだ。
これ以上剣を振るっても意味がないことは、ガイム自身が分かっていた。
熱意と無謀は違う。的確に状況判断ができるのも騎士団長としての務めだった。
「エミリナ女王、待っていて下さい。必ずお助けに戻ります」
ガイムは少しだけ躊躇したが、すぐに気持ちを切り替えると、ペンダントを握り締めたまま、その場を後にした。




