第十七話 レアスの記録 4(シュトラ王国過去編4)
「ガイム騎士団長!」
レアスは駆け寄ると、ガイムの両手を強く握った。
「無事だったのですね、良かった!」
「死んでしまったから無事ではないがな」
フートと同じ反応だったためレアスは笑ったが、すぐに表情を引き締めるとガイムに席を譲ろうとする。
しかし、ガイムは片手でそれを拒否した。
「話すのは後だ。至急ここから移動をする。移動場所はランゲンだ!」
その場所を聞いて四人に緊張が走った。
ランゲンとは騎士団でも一部の者にしか知らされていない秘密の砦だからだ。
つまり、ランゲンに移動するということは、何かから隠れるということだ。
「分かりました。フート、ルク、ムント、直ちに移動だ!」
「はっ!」
三人の分団長は準備を始めた。
その光景を見ながら不審そうな表情でレアスはガイムに質問する。
「ところで、騎士団長の後ろにおられる方々は?」
ガイムはひとりで現れた訳ではなかった。
彼の後ろには、四人の見慣れないゴーストたちがいる。
「安心しろ、味方だ。彼らは王宮で防御壁の破壊に参加した魔法使いだ。俺と同様にゴーストになってしまったが、彼らも一緒にランゲンに連れて行く」
秘密の砦に部外者を連れて行くことに躊躇いを感じたレアスだったが、今はそのようなことを言っている状況ではないことも充分に承知していた。
「了解しました」
レアスは軽くうなずくと、しんがりを申し出る。
「頼む」
こうしてガイム一行は騎士団本部を出ると、そのままランゲンに向かって走り始めた。
ランゲンは王都エアトから馬で、一時間ほど南下した場所にある。
王都の南部には大きな森が広がっているが、ランゲンは森の中央にある天然の洞窟を改築して造られていた。
さらに、入口は木々で巧妙に隠されていて、普通では絶対に見つからない、まさに秘密のアジトだった。
そこに今、九人のゴーストが集まっていた。
シュトラ騎士団長のガイム、副騎士団長のレアス、そして分団長のフート、ルク、ムント。
そして、魔法使いたち……シュトラ王国宮廷魔術師ナバスとその弟子の魔法使い三人だ。
洞窟の入口は馬が一頭やっと入れるほどの狭さだが、中は馬が千頭入っても余裕なほどの広大な大きさだった。
しかも、この洞窟はさらに奥まで延びていて、そこには幾つもの部屋に区切られている。また、千人の騎士と馬が一ヶ月間篭城できるほどの食料も備蓄されていた。
まさに身を隠すにはもってこいの場所だ。
「まさか、王都からランゲンまで、自力で走る日が来るとは思ってもいなかったな」
ガイムが軽く冗談を言った。
馬も死んでしまったため、彼ら九人は自力で走って来たのだ。
ゴーストの身体のせいか、軽く走ることができたが、馬のような速さでは走れるわけではない。それでも、まだガイムたち騎士は日頃の鍛錬で鍛えているので良かったが、魔法使いたちは長距離を走ることに慣れていないため、大幅に時間がかかってしまったのだ。
朝に出発してから、すでに太陽は西に傾き始めている。
しかし、自分達のせいで遅くなってしまったことを詫びることもなく、疲れを吹き飛びして、はしゃいでいる魔法使いがいた。
「素晴らしい! このような場所を隠していたとは。ガイム殿、驚きですぞ!」
宮廷魔術師のナバスが感嘆の声を上げる。
それと同時に三人の分団長が非難めいた視線をナバスに送るが、ガイムがそれを制して代わりにナバスに忠告をした。
「ナバス殿、くれぐれも他言無用でお願いしますぞ」
「もちろん、誰にも言いません。しかし、まぁ……」
ナバスの言葉が途中で止まった。
さらに先ほどまで、はしゃいでいたとは思えないほどに、その表情は曇っている。
そして、その理由はガイムにもよく分かっている。
「ええ。我々以外、誰もシュトラ王国に残っていないかもしれませんが」
ガイムがナバスの言葉を続けたが、それを聞いて驚いたのは四人騎士たちだ。
「我々以外に誰もいないとは、本当ですか!?」
レアスが慌てて、話に割り込んだ。
二人の会話は、王都だけではなく王国全ての国民が死んだことを意味していたからだ。
「そうだな。お前たちにも事の顛末を話さないとな」
ガイムは真剣な表情でレアスたちを見つめると、そのまま洞窟の奥へと歩いていった。
その後を四人の騎士と四人の魔法使いがついていく。
しばらく進んだガイムは、ある部屋に入る。騎士団幹部たちが使う会議室だ。
全員が椅子に腰掛けると、ガイムは王宮で起きたことを話し始めた。
「アークスの防御壁は、ここにいるナバス殿たち魔法使いの協力で予定通りに破壊することができた」
国中の魔法使いの魔法攻撃とガイムが剣の前では、いくら強力な防御壁でも防御を続けることはできなかった。
一点にヒビが入ると、そこからヒビが拡大していき、ついにバリア全体が音を立てて砕け散ったのだ。
「我々は歓喜した。これでエミリナ女王をお助けできると。しかし、そんな喜び合いも一瞬だった。その場にいた者たちが次から次へと苦しみながら倒れていったのだ」
ガイムは倒れた者たちの救命に当たろうとしたが、すでに皆絶命していた。
「アークスは防御壁の中に人を殺す薬のようなものを充満させていたのだ。その薬が気化して空気中に広まってしまった」
「そんな……」
「奴は最初から我々がバリアを破ることを想定してのだ」
ガイムが悔しそうに机を叩く。自分たちの行動がアークスの手のひらの上で踊らされていたからだ。
「アークス殿は、学問を学ばれることに非常に熱心でした。特に生死については、並々ならぬ意欲で研究をしていたと聞きます。アークス殿なら、大勢の人々を簡単に殺す薬を開発されていても不思議ではないですな」
ナバスの意見は誰もが周知していることだった。
だからこそ、あの若さで神官長になれたのだ。
本来であれば、シュトラ王国の歴史に名を残すほどの偉大な神官長になれたはずなのに、どこで道を誤ったのだろう……いや、今はそんなことを議論している時ではない。
「残虐非道なアークス……俺は奴を絶対に許せなかった。俺はそのまま王宮奥に駆け込んで、奴を探し始めたのだ」
ここから先の話はナバスたち魔法使いさえも知らないことだ。
ガイムは指から黒い石の指輪を外すと机に置いた。
「ガイム殿、それはもしかして真実の指輪では?」
「そうです。万が一に備えてはめておきました」
これで王宮の奥で起きたことを見ることができ、情報分析ができる。
「さすが、ガイム殿ですな」
万が一を想定したガイムの危機管理能力をナバスが称賛する。ガイムに抜かりはなかった。
さらに言えば、未だこの状況下でも、レアスにはもう一つの真実の指輪をはめさせ録画を続けている。
しかも、レアスが指輪をはめていることはナバスはもちろん分団長たちも知らせていない。
「それでは、王宮奥の間で何が起きたのか見てくれ」
ガイムは指輪の石を強く押すと、昨夜の自分自身の行動を顧みることにした。




