表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/775

第九話 西領土の領主

 領主デニムの住んでいる都市ノイラに到着した頃、すでに太陽は沈む時間だった。


 シャスターはノイラの中央にそびえる領主城を見上げる。城は堅固な石造りであり、その城を中心に都市が放射線状に広がっている。

 城の名も都市と同じくノイラ城だ。



「田舎にしては、まぁまぁの都市だな」


 周りに聞こえない程度の独り言を呟きながら、シャスターは他の傭兵たちと一緒に馬に乗ったまま都市に入る。領主の住む都市とあって、規模はフェルドの町とは比較にならない大きさだ。


 都市を通り過ぎ城の門に着いた傭兵たちは、そこで各々帰宅の準備に取り掛かる。騎士たちは平時でも城の警備等の仕事があるが、傭兵たちはそんな仕事はないからだ。


「そもそも傭兵というのは、戦いでしか呼ばれることがない仕事だからな」


「だから、俺たちは普段は何もしなくてもいいのさ」


 道中話し相手をしていた傭兵たち……シャスターに倒された三人は豪快に笑った。


「それにしても、しばらく動けないほど気絶させたのに、あんたたちタフだね」


「なに言ってやがる。それでさえ手加減してしたくせによ。ほんとあんたは凄いぜ!」


 斧使いが感嘆する。シャスターに徹底的に倒された三人だったが、すでにシャスターを仲間だと認めている。いや三人だけでなく傭兵部隊全員が認めている。しかも、しぶしぶ仕方なくではなく大歓迎だった。


 彼ら傭兵は一人でも味方が多い方が、しかも強い味方がいる方が、戦場で生き残る確率が上がることを知っている。だからこそ、強い仲間を望む。そして目の前にいる新しい仲間は、彼ら全員が戦っても勝てない程の実力者なのだ。



「そうだ。あんた、俺たちの副隊長になってくれよ。俺たちの人数も増えてきて、エルマ隊長ひとりでは大変そうだからよ」


「だからといって、俺たちでは人をまとめることは無理だ」


「戦うことしか能がないからな」


 またも三人は大笑いをした。


「あんたは実力も申し分ない。それに俺たちを上手く使いこなせそうだからな」


 斧使いが力強くシャスターの肩を叩いた。


「まぁ、俺たちが考えつくことだ。すでにエルマ隊長は考えているだろう」


 二刀流使いの意見に皆がうなずく。エルマ隊長の信頼感がとても高いことがうかがえた。



「さてと、一仕事終えたし酒場でも行くか」


「何が一仕事だ。こてんぱんにやられただけのくせに」


 傭兵たちは大笑いしながら、城下町の繁華街に消えて行った。


「まったく勝手なことを言うだけ言って」


 シャスターは苦笑した。

 ただ道中の間で、彼らが気持ちのいい奴らだということは充分に分かっていた。できれば、シャスターも彼らと一緒に繁華街で一緒に飲みに行きたかったが、それは無理だった。エルマ隊長から領主デニムへの目通りがあると言われていたからだ。


「俺たちは用がない夜はたいてい飲んでいるからいつでも来いよ」


「ああ、そのうちにね」




 みんなと別れてシャスターは独りで城の中に入る。すでに伝令が飛んでいたらしく、そのまま城の一室に通されるとそこで待つように待機させられた。



 それから三十分ぐらい経っただろうか。突然待合室の扉が開くと、エルマ隊長が現れた。


「領主様がお呼びだ」


 エルマ隊長に連れられて、城の通路をしばらく歩いた後、大きな扉の前で止まらせられた。


「この扉の先で領主様がお待ちだ」


 エルマ隊長が両手で扉を開くのと同時に、明るい照明の光が差し込む。


「ほぉー」


 シャスターが少しだけ驚く。領主が待っている場所は玉座のような煌びやかな部屋だと思っていたからだ。

 しかし、予想を反して、そこは闘技場だった。




 闘技場は戦士が千人戦っても充分に余裕があるほどの広大な広さだった。円形の闘技場の周りには階段状の見物席があり、大勢の人間が興味有りげにシャスターを見つめている。そして、その見物席で一際広く豪華に造られた席があり、そこにひとりの人物が座っていた。


(あれが領主のデニムか)


 カリンからは最悪な男だと聞いていたので、どんな領主かと思っていたが、細身の長身で茶色の髪をオールバックにしており、見た目はそれほど悪くはない。

 もちろん、見た目と中身は全く別物だろう。



 領主デニムは闘技場に入ってきたシャスターをまるで値踏みするかのようにずっと見つめていた。

 シャスターは闘技場の真ん中まで歩くとそこで止まり、領主デニムの方を向いた。そして、デニムに向かって鋭い視線を投げかける……ようなことはしない。

 これから自分の雇い主になる人物に対して優雅に頭を下げ挨拶をした。


「お前がシャスターか」


「左様でございます。デニム様」


 シャスターはもう一度深く頭を下げた。


「お前の強さは色々と聞いておる。傭兵隊長のエルマにいたっては傭兵全員よりお前の方が強いとまで言っている。だがな、俺はお前の強さをまだ知らない。そこでだ」


 デニムの言葉が終わるのと同時に、シャスターが現れた闘技場の反対側の入り口から数人の騎士たちが出てきた。


「こやつらは騎士団の団長と精鋭たちだ。昨夜の奴らとは強さが全く違うぞ。彼らと戦い勝ってみろ」



 騎士は全員で六人、その中で一人だけ金色の甲冑を着ている騎士がいる。


「あの金ピカの悪趣味なのが、もしかして騎士団長?」


 シャスターの後ろにいるエルマ隊長に小声で尋ねる。


「そうだ」


 と一言だけでエルマは片づけた。それだけで、エルマも騎士団長のことを快く思っていないことが窺える。


「お前が用心棒だな。俺は騎士団長のフラトだ」


 まさか悪口を言われているとは知らず、騎士団長は大声で名乗った。


「多勢に無勢で戦うのは気が引けるが、これもデニム様のご命令である。悪く思うなよ!」


 気が引けるという割には、騎士団長の口元は笑っている。

 なぜなら、騎士団の評価はガタ落ちだったからだ。見ず知らずの旅人に騎士たちが倒されたのだ。騎士団長の責任問題になっていてもおかしくない。

 だからこそ、この雪辱戦、いや復讐戦に騎士団長自らが出てきたのだ。ここでシャスターを完膚なきまでに倒せば、騎士団の評価も戻るだろう。



「いや、倒すだけでなく、殺すつもりだろうな」


「そのとおりだ。だからこそ気をつけろ!」


 エルマが忠告したが、それがなくても騎士団長のニヤけた表情がシャスターの推測の正しさを裏付けていた。

 さらに周囲をよく見渡すと、見物席に座っているのは甲冑を着た騎士たちがほとんどだ。おそらくは騎士団員なのだろう。彼らの前でシャスターを殺せば、騎士団長としての面子も保たれる。


「シャスター、受け取れ!」


 エルマが何かを投げる。とっさに受け取ったそれは、エルマの魔法の剣(マジック・ソード)だった。


「隊長、ありがとう!」


「また剣無しで戦うつもりだったのか? 絶対に負けるなよ!」


 実はフェルドの敗戦の責任を取ってエルマ隊長は処刑されることになっていた。しかし、シャスターが勝てば現状のままとの確約をデニムからもらっていた。


「だから、俺のためにも勝ってくれ」


 エルマが苦笑する。どうやら、この広い闘技場の中でシャスターの味方はひとりだけのようだ。だからといって、エルマ隊長が戦いに助太刀することはできない。この戦いはシャスターの実力を知る為のものだからだ。



 エルマ隊長はシャスターの一歩前に出ると、騎士団長に向き合った。


「フラトよ、一言忠告する。最初から全員で全力でかかれ」


「ふん、エルマ、臆病風に吹かれて逃げて来たお前の忠告なんぞいらん。こいつを殺した後、お前の処刑も俺がしてやるわ!」


 せっかくの傭兵隊長の忠告も騎士団長には届かなかった。


(まあ、俺の忠告を聞いたところで、あの強さには何も対処出来ないがな)


 エルマ隊長は肩をかがめるとその場を離れる。

 闘技場にはシャスターと騎士団六人のみとなった。




「それでは戦え」


 領主デニムの掛け声で戦いは始まった。六人の騎士たちがシャスターを取り囲みながら剣を抜く。シャスターも鞘から剣を抜くと、騎士団長に向けて構えた。

 それと同時に見物席から歓声が上がる。


「こんな奴に我ら騎士団が負けたなんて、何かの間違いに違いない」


「騎士団の実力を見せつけてください」


 見物席から多くの騎士たちの声が闘技場に響き渡る。シャスターにとっては完全にアウェーだ。異様な熱気と共に観客席の騎士たちは盛り上がっている。殺されるのを楽しみにしているのだろう。

 それに応えるかのように六人の騎士たちも残忍な笑みを浮かべている。


「死ねー!」


 シャスターの背後から一人の騎士が飛びかかる。それと同時に騎士団長を除く四人も突進してきた。騎士団の精鋭五人から攻撃を受けたらひとたまりもない。

 誰もがそう思った。



 しかし、目の前で起きた出来事は違っていた。


 シャスターは倒れていない。五人の騎士たちが倒れている。



「ばかな……」


 騎士団長は信じられない表情で呆然としている。

 戦いは一瞬だった。突撃してきた騎士たちをシャスターが剣で一閃、なぎ倒したのだ。

 目にも留まらぬ速さで。


 あまりにも異常な状況に観客席は先程までの盛り上がりが嘘のように静まり返っていた。誰もが目の前で起きたことを理解できないでいたのだ。

 それほどまでにシャスターの剣技は瞬速だった。



「さすが魔法の剣(マジック・ソード)は切れ味がいいね」


 そんな状況などお構いなく、剣をまじまじと眺めたシャスターが大声でエルマに声を掛ける。


「だからといって五人をたった一閃で倒せる程の代物ではないがな」とは伝えずに、エルマはただ苦笑した。


「それにしても、隊長。これだったら昼間の三人の傭兵たちの方が全然強いよ」


「当たり前だ」


 今度は返答したエルマはまたもや苦笑する。

 シャスターの強さは分かっているつもりだったが、改めて見るとさらに驚愕する。彼ら精鋭の五人が弱いわけではない。シャスターが強すぎるのだ。


(一騎打ちをしなくて正解だったな)


 あの時はシャスターとの勝敗は五分だと思っていたが、今の戦いを見た後では勝てる気がしない。

 エルマ自身がこう思っているほどだ。残された騎士団長は絶望的な表情をしていた。



「さてと、残るは騎士団長、あんたひとりだ」


 シャスターが一歩踏み込む。今にも襲いかかる状態だ。それを見て、騎士団長は慌てて剣を地面に投げ捨てた。


「お、お前の勝ちだ。降伏する」


 プライドを捨てて騎士団長は土下座した。敵うはずがないからだ。


「戦わないの? まぁ負けを認めるなら、俺は構わないけど」


 シャスターは剣を鞘に納め、エルマ隊長のもとまで来ると剣を返した。



 その時だった。



 何処からか小さな炎が飛んで来たかと思うと、土下座している騎士団長の前でいきなり爆発した。


「ぎゃあー!」


 燃え盛る炎の中で、騎士団長がもがき叫ぶ。

 シャスターとエルマがすぐに駆け寄り助けようとするが、すでに騎士団長は絶命していた。


「戦いもせずに負けを認めるなど、お前は騎士団長失格だ」


 爆発した炎の正体は、領主デニムが放った攻撃魔法だった。


(そういえば、カリンが領主は魔法使い(ウィザード)だと言っていたな)



火炎球(ファイア・ボール)


 さらにデニムが連続して五発の炎を手のひらから放つと、倒れている五人の騎士たちも燃え上がる。

 シャスターは手加減していたので五人とも重傷ではあったが生きていた。

 しかし、デニムの攻撃魔法で完全に息絶えた。



 試合はシャスターの圧勝となった。

 だが、後味の悪い勝ちになってしまった。

 シャスターの望まぬ形で。




皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます。


誤字報告がありましたので修正しました。

報告をしてくださった方、ありがとうございます。


これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ