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第十四話 レアスの記録 1(シュトラ王国過去編1)

 シュトラ王国の王都エアトは、住民とっていつもの変わらない平穏な日々が続いていた。



 ただ、その日の夜だけは少しだけ様子が違った。


 王都中に外出禁止令が発令され、住民たちは外を歩くことができないでいたからだ。

 当然ながら、夜に賑わう酒場などもこの日だけは店じまいだった。いつもは夜でも人通りが激しい大通りも今夜だけは誰もいない。

 ただ、騎士たちが巡回しているだけの物静かな光景だった。


 発令の理由として、住民たちには「騎士団が夜間での模擬訓練を行う為」と伝えられていた。

 騎士団が非常事態に対応するための訓練だ。住民たちはそのことを信じたし、騎士団員たちも通常の模擬訓練だと信じていた。


 しかし、実際は模擬ではなく、本当の非常事態だったのだが、騎士団でもその真実を知っている者はごく僅かだった。

 そもそも、エミリナ女王がアークスに人質に取られていることを知っている者自体、シュトラ王国全体でも王宮にいる一部の者たちだけなのだ。

 厳戒な箝口令が敷かれ、ほとんどの者は知らないままでいた。




 それに遡ること二日前……

 エミリナ女王軟禁の件をガイムから聞かされた副騎士団長のレアスと六名の分団長は、驚きのあまり声が出なかった。


「嘘だと思いたいだろうが真実だ。俺はその現場にいたからな」


 ガイムの口調も重い。王宮では大きな混乱が起きている。昨日から王宮に詰めているガイムには疲労の色が隠せない。


「だが安心して欲しい。アークスの張った防御壁プロテクション・バリアを破壊する方法が見つかったのだ。そのために宮廷魔術師のナバス殿が王国中に散らばっている弟子を呼び寄せている。彼らが集まる明後日に作戦は実行される予定だ」


 ガイムはレアスたちに作戦の詳細を話した。



「そこでだ、レアス」


「はっ!」


「お前が騎士団長代行だ。騎士団の運営に関する全ての権限をお前に与える」


 作戦の中心となるガイムは王宮から離れられない。

 その間、騎士団を束ねるのは副騎士団長のレアスだった。


「了解しました」



 それから、レアスは騎士団長代行としてすぐに動き出した。ガイムから王宮内の政変を聞かされたその日の内に、騎士団の編成を迅速に変えたのだ。


 王国中にある砦に配属されていた騎士五千人を大至急王都に戻し、王都を守備していた騎士三千人と合わせて王都の守りを八千人に増やしたのだ。

 代わりにガイム直属の騎士二千人を各地の砦に配属した。ガイムは現在自ら指揮ができない。であれば、直属の部下を王都に置いておくのはもったいないとの理由からだった。


 レアスは作戦当日に王都で万が一不足の事態が起きても、大軍が迅速に対応できるように編成し直したのだ。

 当然ながら、突然の編成で騎士団員たちは驚きや戸惑いの声があったが、それでも編成を短期間で完了させたレアスの手腕は素晴らしいものだった。




「俺よりお前の方が騎士団長になった方が良いぞ」


 作戦当日の朝、騎士団本部に立ち寄ったガイムはレアスの能力を最大限に褒めた。


「何をおっしゃいます。私の役目は騎士団を統制すること、貴方の役目は騎士団を統率すること、全く違います。私の器では騎士団長など到底無理ですよ」


「はっはっはっ。これからも期待しているぞ。ところで指輪は付けているか?」


「はい。片時も外すことはありません」


 レアスは左手の中指を見せた。




 この指輪はレアスが騎士団長代行を命じられる前日に、ガイムから渡された物だった。

 分団長への説明に先立って、レアスは王宮内の件をガイムから聞かされたのだが、その時にこの指輪を渡されたのだ。


「これは、真実の指輪!」


 レアスは指輪を受け取り驚いた。真実の指輪はマジックアイテムであり、騎士団でも二つしか所有していない。とても高価な物だったからだ。


「お前に一つ渡しておく。もう一つは俺の指にはめておく。意味は分かるな?」


「今回の事件について、王宮の中と外から映像として記録する、ということですね」


「そのとおりだ。明日の夜に作戦を実行するが、実際のところ何が起こるか分からない。相手はあのアークスだからな。だからこそ、万が一に備えて状況を撮っておきたいのだ」


「分かりました」


「頼むぞ!」




 その日から、レアスは指輪を指にはめて記録を撮り続けている。


「今夜が決戦だ。まぁ、俺の心配ごとは杞憂に終わると思うが、なにぶん心配性でな。指輪なんぞ付けさせて、お前の恋人には申し訳ないが」


「私には恋人はいません。私の恋人は騎士団そのものです」


「……お前、真面目な顔して、しょーもないことを言うな!」


 苦笑したガイムはレアスの肩を叩き王宮に戻っていった。


 そして夕刻を迎える。




 副団長室にレアスはいた。彼の目の前には六人の分団長が立っていた。


「いよいよ今夜、作戦が決行させる。とはいえ、お前たちに出番はないだろう。騎士団長たちだけで片付いてしまうからだ。ただ、万が一のことを考えて、しっかりと王都を警備してもらいたい」


「はっ!」


 六人の分団長が敬礼をする。

 警備方法としては、王都の街中を七区に分けて騎士団員を配備する。そして、レアスを含めた七人がそれぞれの区の陣頭指揮をとるというものだった。

 ただ、六人の分団長たちもあまり緊張感はなかった。レアスが言ったとおり、王宮内で片付く作戦だったからだ。いくらアークスが神官として優れていても、たったひとりでは限界がある。ガイムや魔法使い(ウィザード)たちが一斉に取り掛かれば、アークスに勝ち目はない。


 敬礼を解いた六人は気楽な気持ちで、それぞれの持ち場に向かった。


 そして、レアスだけが副騎士団長室に残った。



「何も問題はないな」


 独り声を出して復唱して確認する。今夜の作戦は完璧だとレアスも確信している。


 しかし、何かが引っかかる。

 それが何かは分からないが、アークスという男に注意が必要だと彼の勘が訴えかけていた。



 王国始まって以来の若き有能な神官長……それほど頭が冴える人物が、女王を人質にして籠城などするだろうか。

 それにいくら強力な防御壁プロテクション・バリアでも、いつかは必ず破られてしまう、そんな分かりきったことを知らないはずがない。


 だからこそ、レアスは大袈裟なほどの編成配置を考えたのだ。


 しかしながら、レアスの漠然とした不安は周りの者に言っても一蹴して笑われる程度のものだし、レアス自身も大袈裟過ぎると苦笑いしていた。


 几帳面な彼は今までも戦いの前に漠然とした不安に襲われたことが何度もあったからだ。

 特に今回は王国始まって以来の出来事だ、不安になっても仕方がない。



 そう自分に言い聞かせて、レアスは自分の持ち場に向かった。



皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!


この回から、しばらくの間、百年前の回想のお話となります。


死者の森編も、皆さまに楽しんで頂ければ嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。

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