第十話 目的
百年前にそんな悲惨なことが起きていようとは、カリンは愕然とした。
改めて考えると、廃墟で襲ってきたスケルトンやゾンビは元々シュトラ王国の国民なのだ。
訳も分からぬまま殺されアンデッドにされた挙句、自我を失い彷徨い続けるなんて、あまりにもシュトラ王国の人々がかわいそうだ。
そして、そんな酷いことを平然としてしまうアークスにカリンは憤りを感じた。
「聞きたいことがあるけどいいかな?」
ずっと黙ってカリンとガイムのやり取りを聞いていたシャスターが口を開く。
「もちろんです、シャスター殿。私が知っていることなら何でもお話しします」
「それじゃ、ガイムさん」
「ガイムとお呼びください。シャスター殿」
ガイムは笑った。
いくら助けてくれるとはいえ、騎士団長という立場であれば正体も分からない旅人に対して尊大な態度になるのが普通だ。
しかし、ガイムは自分よりはるかに年下の少年に対しても丁寧に接してくれているのだ。
そんなガイムにシャスターもカリン同様に好感を持てた。
「それじゃガイム、一つ目の質問。薬のせいで国民がアンデッドになったということだけど、どういう類いの薬だったか知っている?」
「残念ながら、詳しいことは分かりません。ただ、アークス自身が作った薬だということは疑いありません。生死に関する学問は神官の得意とする分野ですが、その中でもアークスはずば抜けて多くの知識を持っていましたから」
だからこそ、若くして神官長にまでなることができたのであろう。
「それじゃ、二つ目。エミリナ女王を助けるって話だけど、百年前の女王がまだ生きているの?」
「はい」
「何で分かる?」
「これです」
ガイムは胸からペンダントを取り出した。
「これは、シュトラ王家に代々伝わるマジックアイテムです。このペンダントは王家の者が生きている限り、輝き続けるのです」
ペンダントは薄く光り輝いていた。
百年年前シュトラ王国が滅んだ時、王家の者はエミリナ女王しかいなかった。つまり、エミリナ女王が生きている証となる。
「もしかして、神官長のアークスも生きている?」
「はい。時々王都の近くまで行ってみるのですが、まだ奴の防御壁が張られているのが確認できています」
二人とも生きている。となると、必然的にもう一つの疑問にたどり着く。
「それじゃ最後の質問。エミリナ女王もアークスもアンデッド?」
「あっ!」
カリンが声を上げた。迂闊にもそのことに思考が及んでいなかったからだ。
考えてみれば百年も前の話である。普通ならば二人とも死んでいるはずなのに、ガイムの話だと生きているということだ。
つまり、二人ともアンデッドになってしまったということなのか。
しかし、その質問に対してガイムは明確には答えなかった。いや、答えられなかったのだ。
「申し訳ございません。その点については、私にもよく分からないのです。おそらく二人とも生身の人間であると思うのですが……」
「百年も前なのに?」
「はい……」
ガイムにも確証はなかった。
ただ、数十年前、偶然にもアークスを遠くから見かける機会があった。その時、ガイムは見つからないように隠れていたので、よくは見えなかったのだが、アークスは人間のように身体があった。自分のようにゴーストではなく。
しかも、その姿は昔と変わらぬ、若々しいままの姿だったのだ。
「ずっと同じ容姿の人間がいるなんて在り得ません。そう考えると、人間ではなくアンデッドだとも考えられるのですが。ただ、アークスには当時から良からぬ噂があったので……」
「噂?」
「先ほど奴は生死に関しての知識が高いと話しましたが、奴は秘密裏に不老不死の研究もしていたようなのです」
不老不死とは永遠の命を得ることだ。
アークスは人の身でありながら、不老不死を実現させようとしていたのだろうか。
「もしも、不老不死の研究が成功していたならば、エミリナ女王とアークスは生身の人間の可能性が高いと思うのです」
「薬で国民をアンデッドにしておいて、自分たちは不老不死ということか」
永遠に彷徨い続けるアンデッドと、永遠の命を持つ二人、そして永遠に続く死者の王国。
そのために全国民が犠牲者になったのだ。
「王都にて百年もの間、エミリナ女王はアークスに捕らえられています。シャスター様、お願いします。どうかアークスを倒し、エミリナ女王をお助けください!」
「ガイムさん、分かったわ。絶対にアークスを倒さないと!」
カリンは怒っていた。アークスの非道な行動が許せないからだ。
今すぐにでも王都を目指そうと馬に乗りかけたカリンだったが、シャスターがそれを静かに止める。
「カリン、俺たちが旅を始めた目的は何だ?」
「旅の目的は……フローレ姉さんを元に戻すこと」
本来の目的を思い出し、カリンは立ち止まった。
非道なアークスの行いを正義感の強いカリンは絶対に許せなかった。だから、感情が昂ってしまい、目的を忘れてしまっていたのだ。
「そう、俺たちの目的はフローレを元に戻すことであって、アークスを倒すことじゃない」
ただ、だからといってシャスターはカリンを責めるつもりはない。これが少女の良いところだとも知っているからだ。
改めてシャスターはガイムに向き合った。
「ガイム、先に伝えておくけど、俺たちがこの森に来た理由は、『魂眠』……魂と肉体を繋げる方法を探すためだ。だから、もしアークスがその方法を知っていれば、俺たちはその情報を聞き出さなくてはならない。その場合、アークスが悪逆非道な人物でも倒すことはしない。レーシング王国に連れていく」
「ガイムさん、ごめんなさい」
カリンは頭を下げながら深く反省をした。
自分一人が感情のまま突っ走ってしまったせいで、ガイムに妙な期待を持たせてしまったからだ。
シャスターが言うように、二人の目的とガイムの願いは重ならない可能性もあるのだ。
しかし、何度も謝るカリンに、ガイムは頭を横に振った。
「なんの、気になさらないでください。まぁ正直な気持ちを言えば、アークスは殺したいほど憎いですが、この森からアークスを連れ去っていただけるだけでも充分です」
ガイムが明るく笑ってくれたので、二人の気持ちも楽になった。
「その代わりと言うわけではないけど、エミリナ女王は助け出してみせるから」
「おお、ありがとうございます!」
ガイムは頭を下げた。
本当に気持ちの良い騎士だと二人は思った。




