第百十八話 動き
カリンとマレードが久しぶりにユーリットと会った翌日、カリンのもとに八聖卿のひとり、ナルイザ卿がとびきりの笑顔で現れた。
「ファルス神教の祝福者様、冥界宮の門が開きました!」
と言われてもカリンには意味が分からない。
ポカンとしているカリンに気付いたナルイザ卿は慌てて説明する。
「ユーリット騎士団長が話されていた『謎の聖堂』のことを我々は『冥界宮』と呼んでいるのです」
「なるほど、そうなのですね!」
笑顔になるカリンとは対照的にマレードは少しだけ表情が硬くなる。
「なぜ、八聖卿の方々はその聖堂をデーメルン神の聖堂だと思われているのですか?」
マレードが尋ねた。
ユーリットから八聖卿がデーメルン神の聖堂だと考えていることは聞いていた。その理由を知りたい。
そんなマレードに対して、ナルイザ卿は少し困った表情を浮かべた。
「実際のところ、我々も詳しいことは分からない謎の聖堂なのですが、誰も分からない聖堂ということは、逆に言えばデーメルン神の聖堂としか考えられないのです」
八聖卿たちは消去法でデーメルン神の聖堂だと推測しているのだ。
「とはいえ、先に話した通り、我々でも詳細なことは分からないのです」
ファルス神聖国に君臨している八聖卿でも知らないことがあるのだ。カリンは驚くが、ナルイザ卿は苦笑する。
「なにせ、デーメルン神の契約者は過去に遡っても殆どおりません。いたとしても、デーメルン神の神聖魔法を修得した者はいないのです」
ナルイザ卿の話はクラム大神官長が話してくれたことと同じだった。デーメルン神と契約した者は他の神々の神聖魔法を修得することができない。しかも、契約したにも関わらず、デーメルン神の神聖魔法も修得できない。つまり、神官として道を絶たれてしまうのだ。
しかし、ついに例外者が現れた。
デーメルン神と契約できただけでなく、他の十一神とも契約できた特別な存在。それがカリンなのだ。
ナルイザ卿は聖堂に向かおうとするが、その前にマレードとしては、もう一つだけ聞きたいことがあった。
「昨日、ユーリット騎士団長からは聖堂に入る準備をしていると聞きました。かなりの数日が経ちましたが、そんなにも準備に時間が掛かるものなのでしょうか?」
マレードの口調は少しキツくなっていた。
失礼な態度に映ったもしれないが、もう何日間も何も連絡のないまま、ずっと待たされていたのだ。イヤミの一つでも言いたい。
「それについては申しございませんでした」
ナルイザ卿はすぐに謝罪した。
「お待たせした理由については、聖堂に着いてからお話しします」
さらにナルイザ卿は部屋の扉を開けた。
「それでは向かいましょうか」
やんわりとした表情でナルイザ卿は二人を促した。
そう言われたら、マレードとしてもそれ以上文句も言えない。それに、そもそも聖堂に行くことはカリンの念願だったのだ。
ソワソワしているカリンを横目で見ながら、マレードは内心で苦笑した。
「はい。お願いします」




