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第百十四話 共闘

「そう、あからさまに嫌な顔をするな」


 ヴァルレインは苦笑した。

 シャスターの表情があまりも酷かったからだ。


「もう一度勝負しろ、などと言うつもりもないから安心しろ」


「本当に?」


 それでもまだシャスターは疑いの目を向けたままだ。


「ああ。この前の件でお前の方が強いことは証明された」


 この前というのは、アイヤール王国で二人が勝負をした時のことだ。

 両者一歩も譲らない中、最後に二人は奇しくも同じ種類の魔法を放った。魔法は大爆発を起こし、そのまま引き分けかと思いきや、勝利を収めたのはシャスターだった。シャスターの肘打ちがヴァルレインのみぞおちに決まったからだ。

 魔法ではなく武術で勝負が決まるという意外な結末だった。


「あの時は聖人級魔法までしか使わなかったからね。本当の勝敗なんて分からないさ」


 珍しくシャスターが謙遜した。

 二人は暗黙の了解として聖人級までしか魔法を使わなかった。それ以上の高いクラスの魔法を使えば、周りにいたアイヤール王国軍の全てが消滅してしまうからだ。


「試合にはルールが付きものだ。その正々堂々の戦いでお前が勝ち、俺が負けたのだ。お前の方が強い」


「ヴァルレインに褒められるとなんだか寒気がするよ」


 シャスターは震えるそぶりをすると、ヴァルレインが笑った。


「お前の行動の邪魔をするつもりはない。お前について行くだけだ。それに潜入するのなら俺の水氷系魔法の方がお前の火炎系魔法よりも向いている」


 ヴァルレインはシャスターの目的を見抜いていた。

 ルーシェの消息が分からない状況の中、シャスターがやることは一つだけだからだ。


「名前は……カリンだったか。ファルス神教の祝福者(ファルス・ブレッサー)はきっと聖教皇になる」


 ヴァルレインも聖教皇のことは知っていた。

 ファルス神聖国において最上位の統治者の地位だ。しかし、不思議なことにファルス神聖国の開国から一万年間、その地位に就いた者はひとりもいない。その代わりとして代々、八聖卿がファルス神聖国を統治してきたのだ。


 そんな幻の聖教皇がついに就任する。



「おそらく聖教皇になるための条件がファルス十二神全てとの契約者だったのだろう。その条件を定めたのが聖天使ラーであれば、カリンが聖教皇の就任時に姿を見せるはずだ。お前はその時を狙っている」


 しかし、シャスターが政庁でカリンと一緒にいる限り、八聖卿たちは聖教皇就任に躊躇うだろう。彼らとしては秘密裏に事を進めたい。なぜなら聖天使ラーの姿を部外者に見せたくないからだ。

 八聖卿たちにとって聖天使ラーに拝謁できるのは自分たちだけの特権なのだ。


「だから、お前はあえて政庁を離れて街での滞在を決めた。八聖卿が動きやすいように」


「……その通りだよ」


 シャスターは降参したかのように大きなため息をついた。


「しかし、そのおかげでやっと釣れた」


「そうだな。お前の斜め右後ろ、五つ先のテーブルだ」


 シャスターもヴァルレインも見ることはしない。

 そのまま会話を続ける。


「つい先ほど、入ってきたばかりの二人組だ。ファルス神聖国の諜報員だろう」


「俺が政庁にいないことにやっと気付いてくれたようだ」


 その二人組はビールを飲むと、すぐに店から出て行った。


「追うか?」


「いや、俺が政庁にいないことを八聖卿たちに伝えるはずだ」


 そうなれば、八聖卿たちはすぐにカリンの聖教皇就任へと動き出すだろう。早ければ、今夜にも就任するかもしれない。


「もう一度言うが、八聖卿たちのもとに潜入するのは俺の方が得意だ」


 聖山の頂上付近にある「八聖卿の間」。

 そこで聖教皇の戴冠式が行なわれるはずだ。

 そしてその場に聖天使ラーが現れる。



「ルーシェの仇を取るつもりなのか?」


「そういう訳じゃない。ただ俺も聖天使ラーと戦ってみたいだけだ」


 シャスターは笑って訂正した。

 しかし、口で言っていることと本心が違うことは、この少年には時々あることだとヴァルレインは知っている。


「俺も聖天使ラーと戦ってみたいが、お前に譲ろう」


 ヴァルレインは真面目な表情で宣言した。

 シャスターにルーシェとのケジメをつけさせてあげたいのだ。


「しかし、お前が危なくなったらすぐに参戦する。二人も五芒星の後継者を失う訳にはいかないからな」


「……」


「俺も同行する。いいな?」


「……はぁ。分かったよ」


 ついにシャスターは降参した。


 こうして、シャスターは渋々ではあるが、ヴァルレインと共闘することとなった。


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