第百九話 嘘つき
「お約束したデーメルン神の聖堂にはいつ連れて行ってもらえるのですか?」
カリンは余計な前置きもせずに尋ねた。
「ごめんね、カリンちゃん。今準備を進めているから、もう少し待って」
聞かれたユーリットは明確な回答をしない。
しかし、カリンにとっては想定内だった。
何も連絡がないまま数日間待たされているのだ。カリンはすでにユーリットの約束を信じていなかった。
約束した時、カリンはフローレが生き返ることを知って心から喜んで涙を流した。そんなカリンをユーリットは温かく抱きしめてくれたのだ。
しかし、その優しさも偽りだったのだ。
「それではもう一つ質問があります。シャスターが宴の翌日からいなくなりました。何か知りませんか?」
感情を抑えたままカリンは無表情で尋ねた。
「シャスター様が!? 知りませんでした」
本当かどうかは分からないが、ユーリットは驚いた表情を見せた。
「そうですか。ありがとうございます。それでは失礼します」
カリンは頭を下げた後、その場から立ち去る。
「ちょ、ちょっと待て……カリン」
慌てたマレードが引き止めようとするが、カリンはそのままラウンジに戻ってしまった。
「私、カリンちゃんに嫌われちゃったかな」
ユーリットがカリンの背中を見ながらため息をつく。
「当たり前です! あんなことをしたのですから」
あんなこととは、五芒星の後継者のひとりであるラティーマ魔法学院の後継者のルーシェを裏切って殺したことだ。
「仕方がないわ。私たちもファルス神教の信徒よ。聖天使ラー様に味方するのが当然でしょ?」
「それはそうですが……」
「カリンちゃんもファルス神教の祝福者なんだから、その辺の事情も分かって欲しいのだけれど」
「無理ですね」
マレードは断言した。
カリンは正義感が強く曲がったことが大嫌いだ。
それにマレード自身もユーリットの行為に疑問を感じていた。
そもそも聖天使ラーに味方するというのであれば、ユーリットは正々堂々とルーシェと戦えば良かったのだ。それでルーシェが負けたのであれば、カリンは納得したはずだ。
しかし、ユーリットは卑怯な方法で聖天使ラーを援護して勝ったのだ。
カリンとの溝が深まって当然だ。
「ユーリット騎士団長、もっとカリンと話す時間を……」
「あっ! マレード、ごめんね。もう行かなくちゃ!」
ユーリットは通路の時計を見た。
「私たちはいつまでここにいるのでしょうか?」
マレードが声を荒げる。
何もすることなく、ただ日数だけが過ぎているのだ。カリンでなくとも不信感が募る。
「本当にごめんね。もう行くわ!」
ユーリットはそのまま走り去ってしまった。
残されたマレードは険しい表情でユーリットの後姿が消えるまで見つめ続けた。




