第七話 悲痛な願い
「ぎゃー!」と叫びたい気持ちを押し殺し、カリンは一目散にシャスターの後ろに隠れた。
そこには数体のアンデッドがいた。
骸骨の馬に乗っていて立派な甲冑を着けている。おそらくは騎士なのだろう。
しかし、その中に一体だけ異質なアンデッドがいた。
他はみんなスケルトンなのに、その一体だけは身体があるのだ。
いや、正確には身体ではない、半透明な人間の姿をしている。半透明な人間が甲冑を着けているのだ。
「シャスター、あれは何?」
「幽霊、ゴーストさ。スケルトンやゾンビよりも上位のアンデッド」
「ゴースト!」
小さい頃、祖父に幽霊の話を聞かされ怖くて眠れなかったことを思い出したカリンだったが、実際に目の前にゴーストが現れてもあまり怖さを感じない。
スケルトンやゾンビで慣れたせいもあるが、ゴーストは見た目が普通の人間と変わらないからだった。
そのゴーストは骸骨の馬から降りると、二人の前に立った。
「お初にお目にかかります、強大な魔力を持つ魔法使い様。私はシュトラ王国で騎士団長を務めておりましたガイムと申します」
「幽霊が喋っている!」
思わず声を出してしまったカリンだったが、ガイムというゴーストは気にもせず笑った。
「私はアンデッドですが、生前の記憶がありますし、自我も持っています。いきなり襲ったりはしませんのでご安心を」
ガイムが頭を下げると、後ろのスケルトンたちも頭を下げた。今までのアンデッドとは全く違うようだ。
「こちらこそ、失礼をしました。俺はシャスターでこっちがカリンです。それで、あなたがここに来た理由は?」
「その話をする前に、私と一緒に急いでここから逃げてください」
ガイムは何かを警戒しているようだった。目つきが鋭くなり辺りを見渡す。
出会ったばかり、しかも相手はゴーストだ。一緒に逃げろと言われて素直に従うのは危険だ。
しかし二人は何の迷いもなかった。
「分かりました」
「このゴーストは悪い者ではない」と感じた自分たちの直感を信じたからだ。
これにはガイムも驚いた。二人が躊躇すると思っていたからだ。
「ありがとうございます」
自分を信じてくれたことに感謝すると、ガイムは馬に乗って走りだした。
二人も馬に乗り込むとその後ろをついていく。
ガイムは街道から逸れた小道をひたすら突き進んでいく。その間一切の会話はない。二人もそれに応じて無言のまま馬を走らせていった。
それから三時間以上経ち、少しだけ森が開けた場所に出た。そこでやっとガイムは馬を止めた。
「何も告げずにこんな遠くまで連れてきてしまい、申し訳ございません」
馬を降りると、二人の前で頭を下げた。背後のスケルトンたちもガイムに倣う。
「気にしていませんよ。それよりも先ほどの質問です。あなたがここに来た理由は何ですか?」
「助けて頂きたいのです」
ガイムはもう一度深々と頭を下げた。
シャスターが予想していたもう一つの別の可能性がこれだった。
強大な魔法を放つとどうなるか。
上位アンデッドが隠れてしまう可能性と、もう一つの別の可能性、それは上位アンデッドがこちらに接触してくることだった。
まさにガイムは後者で現れたのだ。
そして、ガイムが接触してきた理由は助けを求めるためのようだ。
ただし、普通では到底無理な助けだとは容易に想像がつく。
ただ助けるだけならば、今まで森に入った人間で事が済んでいるはずだからだ。しかも、最初の頃はレーシング王国の何百人もの騎士がこの森に入ってきている。
それらの騎士でも為し得ない、とてつもなく困難な助けが必要ということだ。
ガイムは頭を下げたまま言葉を続ける。
「どうか、エミリナ女王陛下をお助けください!」
ガイムの声は悲痛そのものだった。
きっと彼は百年もの間、ずっと助け人が現れるのを待っていたのだろう。
「ガイムさん、頭を上げてください」
カリンは急いで馬から降りると、ガイムに駆け寄る。
詳しい事情は分からないが、エミリナ女王がシュトラ王国の滅んだ時の最後の国王だとは察しがつく。
その女王を助けるために百年間も待ち続けていたアンデッドにカリンは深く同情した。
相手がゴーストだということを忘れて、手を取ろうとする。
「ガイムさん、安心して。ここにいるシャスターが絶対に女王を助けるから!」
「ありがとうございます!」
二人は涙を流している。
(おいおい、見ず知らずの女王を勝手に助けるって……)
その光景を馬上からため息をつきながら、シャスターはしばらく眺めていた。




