第八話 町長の望み
傭兵隊は全員が撤退し始めた。
シャスターも借りた馬で傭兵隊の後を追おうとするが、大声で呼び止められた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
門から出てきたカリンは本気で怒っていた。
「傭兵隊に入るってどういうこと!?」
「町は守られたのだから俺はもう必要ない。だから傭兵隊に入るのさ」
「そんな身勝手なこと、許されると思っているの?」
「許されるさ」
シャスターはカリンを見つめる。
「騎士団から……攻めてきたのは傭兵隊だったけど、彼らからフェルドの町を守り切ったら用心棒としての仕事は終わりって、今朝町長と決めたんだ」
「おじいちゃんがそんな約束を!?」
カリンは驚きを隠せない。
たしかに傭兵隊を退かせることはできたが、今後の心配事が消えたわけではない。おじいちゃんは何を考えているのか。
「無職になってしまったから稼がないとね」
当然、前金で金貨六十枚を貰っていることは話さない。
「それじゃ、私が用心棒代を払うわ。だからこの町に残って!」
「いくら払えるの?」
シャスターは意地悪く笑った。
町長の孫とはいえ、自由に使える金などあまりないはずだ。
「銀貨一枚……」
「全然足りないね」
「でも、私、頑張ってお金貯めて、いつか必ず残りの足りない分を払うから」
「……」
「だから、お願い。町に残って。この町にはシャスター、あなたが必要なの!」
いつの間にか、カリンの頬には溢れんばかりの涙が流れていた。それだけ町への想い、町を守りたい想いが強いのだろう。
「はぁー、参ったな……」
シャスターは頭を掻いた。傭兵隊と戦っている時には見せなかった、本当に困っている様子だ。
泣きながらもカリンはシャスターを見つめる。その瞳の奥には町を守る強い決意が現れていた。
(そんな目を見せられちゃ、話さないわけにはいかないか)
シャスターは大きくため息をついた。
「うーん、それじゃカリンにだけは本当のことを話すよ」
「本当のことって?」
涙がやっと止まったカリンが聞き返す。
「きみのおじいちゃんは、かなりのやり手……というか食わせ者なんだ」
当の孫娘の前でずけずけと言う。
「どういうこと?」
カリンは全く意味が分からなかった。
町長は温和な性格で町中から人望があるカリン自慢の祖父だ。その祖父が食わせ者とはどういうことか。
「町長と領主デニムは昨日のうちに密約を結んでいたのさ」
「まさか!? そんなことあり得ない」
カリンは絶句した。
「それが残念ながら本当なんだ」
シャスターは今朝の朝食の後、町長に隠している秘策を問いただしたのだ。当然ながら、答えようとしない町長に対して、シャスターは強硬手段に出た。
「それじゃ用心棒は降りるので、あとはそっちで好きにやってくれ」と。
立ち上がって立ち去ろうとするシャスターに、慌てた町長はやっとのことで重い口を開いたのだ。
シャスターという若者が三人の騎士を倒してカリンを助けてくれた……フリットからその話を聞いた町長はすぐに領主デニムに伝書鳥を使って連絡したのだ。
騎士三人を倒すほどの強い若者がいる。その若者を用心棒として町に留めている。所望であればすぐに若者を差し出すので、孫の件は許して頂きたいと。
その手紙を見て、強い戦士を集めているデニムの食指が動かないはずがない。孫の件は正直どうでもよかったデニムは町長の懇願を了解し、若者を連れ去るために昨夜十人の騎士をフェルドに送ったのだ。
しかし、デニムの計画は失敗した。
シャスターがまたもや騎士を倒してしまったからだ。
だが、それを知ったデニムは怒らなかった。それどころかさらに大喜びをした。いともたやすく騎士を倒せる若者を絶対に手に入れたいと。
「それで今日、傭兵隊がやってきた。俺をデニムに売る、これが町長の秘策の正体さ」
「そんな……」
恐らくあの様子だと、傭兵隊はエルマ隊長を始め誰も密約の件を知らなかったのだろう。それでなければ、シャスターが「傭兵隊に入りたい」と言った時にあれほど驚くことはないはずだ。
デニムは傭兵隊に本気で町を攻めさせることによって、シャスターの実力を知りたかったに違いない。
「ということで、ちょっと変則的になったけど、町長の望み通りに俺は傭兵隊に入ることにした」
驚いている少女の横でシャスターは馬に乗りこむ。
「それじゃ、カリン元気で」
「ちょっと待って。私のせいで……そんなことになっていたなんて、ごめんなさい」
カリンが申し訳なさそうに頭を下げる。それと同時に、祖父への怒りが込み上げてくる。
町を救ってくれた恩人を領主に売るなんて、恩を仇で返すようなものだ。いくら町を守るため、そしてカリンを領主デニムへ差し出すのを止めさせるためとはいえ、あまりにも汚いやり方だ。
「別にカリンが悪いわけじゃない。町長だって町を守るために仕方なくしたことだ。誰も悪くないさ。それに俺も傭兵隊に入ってみたかったんだ。面白そうだからね」
シャスターは気にするなと言うが、責任感が強いカリンが気にしないはずがない。シャスターがいつかは町からいなくなることは分かっていた。いつか別れが来ることは。
でも、まさかこんなにも早く、こんなにも意外な形で別れが来るとは……。
「ねぇ、シャスター。またフェルドの町に来てね。今度来た時はもっともっとたくさんもてなしをしたいから」
カリンは泣き笑いながら握手を求めた。これで、もう一生シャスターに会えないことにはしたくない。
今度シャスターがフェルドに来た時は、用心棒としてではなく、フェルドを救ってくれた英雄として、ずっと町にいて欲しいと心から思っていた。
シャスターもカリンと固い握手をした。
「でも、今度フェルドに来るときは敵同士だと思うよ」
「え!?」
「だから、次回俺が攻めて来たら、カリンはしっかりと籠城戦頑張ってね!」
微笑みながら去っていくシャスターをカリンは呆然と見送るしかなかった。