第六話 一つの可能性
アンデッドたちは、もう目の前まで来ている。
「はぁ、仕方がないな……」
何かを諦めた表情でシャスターが馬から降りる。
それを見たカリンが驚きの声を上げた。
「えっ、なんで逃げないの?」
「カリンは木の陰に下がっていて」
シャスターは馬から降り両手を広げると、左右の掌を襲ってくるスケルトンとゾンビに向けた。
「火炎の嵐」
シャスターが唱えたのと同時に、左右の掌それぞれに彼の身長の数倍はある大きな炎の波が現れた。
さらに、炎の波は暴風のように空中を荒れ狂いながら、縦横無尽に暴れ回り始めた。
そんな巨大で激しい炎に、スケルトンとゾンビたちも本能的に危険を感じたのだろう。襲ってきた足が止まり、怖気付くかのように動けなり、今度は一目散に逃げ始めた。
しかし、荒れ狂う炎はそれ以上の速さでスケルトンとゾンビの集団に追いつくと、アンデッドたちを次々と炎の中に巻き込んでいく。
「何よこれ……」
カリンは火炎の竜巻という魔法をレーシング王国で見た。オイト国王が誇る魔法部隊の魔法使い全員が、シャスターの放った魔法であっけなく全滅したのだ。
その時と同じように、アンデッドたちに襲いかかっている炎の光景は凄まじいものだった。
しばらくの間、カリンはその光景を茫然と眺めていた。
すると突然、暴れまくっていた巨大な炎の嵐が消えて、何事もなかったかのように森の中は暗闇と静寂に戻った。
ただ一つ違っていたのは、襲いかかってきていたスケルトンもゾンビもいなくなっていたことだ。
シャスターの魔法で、二百体以上いたアンデッドが一気に跡形もなく消えてしまったのだ。
「凄すぎる……」
カリンは助かったことを大喜びするのと同時に、シャスターの魔法にスケルトンやゾンビ以上の衝撃を受けた。
おそらくアンデッドは強いのだろう。だからこそ、今まで森に入った人が誰も戻って来なかったのだ。
それに、シャスター自身も言っていたではないか「アンデッドは手強い」と。
しかし、そのアンデッドをたった一度の魔法だけで、二百体以上も消してしまうとは。
カリンはレーシング王国の戦争でシャスターの強さを知ったつもりでいたが、改めて目の前の光景に鳥肌が立った。
これが火炎系魔法最高峰の魔法学院である、伝説のイオ魔法学院の後継者、「五芒星の後継者」の実力なのだ。
しかし、当の本人は何事もなかったように……ではない。少し落ち込んだ様子で頭を掻いていた。
「はぁ……だから使いたくなかったんだ」
「どうしたの?」
普通なら絶体絶命の危機を脱したのだ。喜ぶべきところをこの少年は後悔の只中にいた。
「見つからないように森に忍び込んでいたことが、これで無意味になってしまった」
この少年にはアンデッドから助かったことへの喜びはないのだ。それはそうだろう、アンデッドを倒すことなど、彼にとっては当たり前のことだからだ。
それよりも自分の計画が狂ったことの方が重要らしく、落ち込んでいる。
「私のせいでごめんなさい。でも、アンデッドを魔法で倒せたのなら、それで良かったんじゃないの?」
カリンは、シャスターがアンデッドは手強いからなるべく戦わないで済ませたいのだと思い、アンデッドから隠れていたのだと思っていた。
しかし、先ほどの魔法を見て、それが大きな勘違いだったと充分過ぎるほどに分かった。
しかし、それならば何故魔法を使わなかったのか。
「アンデッドは魔法に敏感だ。自我を持っているアンデッドなら尚更だ。だからさっきのような大きな魔法を使ったら、この広い森のどこに居たとしても、彼らは俺たちに気付いてしまう」
「気付いてしまうのが、何故良くないの?」
「おそらくはこう思うはずだ、『自分たちを倒しに来た』と」
「あっ!」
カリンはやっとシャスターの考えが分かった。
たった一度の魔法で、二百体も倒すほどの魔法使いが森にやってきたということは、普通に考えればアンデッドたちを討伐するために来たと思うはずだ。
自我を持っている上位アンデッドたちは見つからないように隠れてしまうだろう。そうなれば、この広い森の中で上位アンデッドを探し出すことはかなり難しくなってしまう。
「本当にごめんなさい」
カリンはもう一度謝った。
フローレを助けるためにシャスターに無理矢理に頼んで同行したのだ。それなのに、自分が足手まといになっているなんて。
カリンは自己嫌悪に陥った。
しかし、シャスターはカリンを責めるつもりは全くない。
「まぁ、仕方がない。なるようになるさ」
シャスターの魅力的なところは、表面上はいつも軽いし、適当にしているように見えるが、本質的な核心はしっかりと考えている……フローレがフェルドに来た時にシャスターについて語ったことをカリンは思い出した。
そういえば、シャスターが傭兵隊に入隊するためにフェルドを出て行く時もそうだった。
あの時、なんて無責任だと憤慨したが、実際にはフェルドを救う最良の方法を考えていてくれていたのだ。
いや、その時にはすでにフェルドだけでなく、レーシング王国全体を救う方法を考えていてくれていたのかもしれない。
そして実際にレーシング王国を救ってくれた。
そう考えると、フローレが言っていたように、この少年は見た目よりもずっと偉大な人物なのかもしれない。
「シャスター、ありがとう」
「どうしたの急に? 気持ち悪いな」
「気持ち悪いですって!」
感謝の気持ちが一気に急降下したカリンは、前言撤回をした。
しかし、そんなカリンの心中など知る由もなく、今後の対応を話す。
「今回魔法を使ったことで、上位アンデッドが隠れてしまう可能性もあるけど、もう一つ別の可能性もあるんだ」
「別の可能性って?」
カリンはさっきの話でアンデッドが隠れてしまうのが当然だと納得したが、他にも可能性があるとはどういうことだろうか。
考えてみたが、思い浮かばない。
さらに尋ねようとしたその時、シャスターの表情が変わったことにカリンは気付いた。
「どうやら、別の可能性の方が当たったみたいだよ。ねぇ?」
ねぇ、と呼んだのはカリンにではない。
カリンの背後に向かってだ。
不思議に思い、後ろを振り返ったカリンは絶句した。
そこにアンデッドがいたからだ。




