第八十七話 神代の戦い
「それじゃ、話を続けるわね」
ユーリットは書物の内容について再開した。
「デーメルン神はファルスの神々に迎えられる前から冥界神と呼ばれていたようなの」
ファルスの神々は聖なる神だ。だからこそ、神官は神聖魔法で人々を回復させたり、特殊効果を与える補助魔法を使うことができる。つまり、聖なる力で生者を助けることができるのがファルス神教だ。
一方でデーメルン神は冥界の神だ。冥界ということは死者の世界の神ということであり、ファルスの神々とは対極となる。デーメルン神だけが異質の神と呼ばれる理由の一つだった。
「それでは、いつからデーメルン神は冥界神と呼ばれるようになったのでしょうか?」
カリンの質問は当然の疑問だった。
鋭い視線を周囲に向けているマレードも耳をたてて聞いている。
「ごめんね、カリンちゃん。そのことについて書物には書かれていないの。最初から『冥界神デーメルン』と記載されているだけ」
ユーリットは少しだけ曇った表情をした後、すぐに笑顔になった。
「でも、非常に興味深いことが書かれている箇所を見つけたの」
それは神々の戦いについての記載だった。
神代にはファルスの神々以外にも多くての神々が存在していた。神々は幾つもの神族に分かれており、ファルスの神々はファルス神族と呼ばれていた。
神族間で戦うことも多々あった。元々ファルス神族は多くの神族の一つに過ぎなかったが、ある時を境に急激に勢力が拡大し、最大規模の神族になったのだ。
「神々の世界にもそんなことが……」
ファルス神教の経典を読んできたカリンでも神代については知らないことが多い。経典では殆ど触れられていないからだ。だからこそ、ユーリットの話はとても興味深かった。
「神代にはファルスの神々以外にも、多くの神々がいたなんて驚きです!」
「神聖魔法の使い手はファルス神教の神官だけではないでしょ? 神官以外の神聖魔法の使い手が神聖魔法が使えることが他にも神々がいる何よりの証拠よ」
そう言われてみればそうだ。神聖魔法はファルス神教の神官だけが使えるわけではない。エースライン帝国やファルス神聖国の周辺はファルス神教の信徒が多い為、ついつい忘れがちだが、大陸のもっと東や南に行けば「僧侶」や「巫師」などと呼ばれる様々な神教の神聖魔法の使い手がいると聞いたことがある。
「もちろん、アスト大陸の中でファルス神教の信徒が一番多いけど、それもやはり神代のことが関係しているらしの」
「それはつまり、神代に一番勢力を持っていたのが、ファルス神族だったということですか?」
横から口を挟んだのはマレードだった。
彼女としても初めて聞く内容に興奮気味だ。
「そして急激に勢力を拡大してきた頃というのが、デーメルン神を迎え入れた時ということですね」
「そのとおり」
ユーリットは嬉しそうに笑った。まるで優秀な生徒を褒める教師のような表情だ。
しかし、そう考えると、やはりデーメルン神は圧倒的な強さを誇っていたということだ。
「今のファルス神教があるのは、デーメルン神のお陰ということですか?」
今度はカリンが尋ねた。
「そうとも言えるわね……いや、きっとそうでしょうね。書物にはデーメルン神がどのように戦ったのかも書かれていたから」
「それは?」
「神族間の戦いでは毎回多くの神々が死んだの」
当然と言えば当然だった。地上でも国家間や種族間での戦いで死者が出る。戦争から死は避けられないことだ。
「そんな戦いの最中、死んだファルスの神にデーメルン神が手を触れると……」
ユーリットはゆっくりと二人の顔を交互に見つめた。
「死んだファルスの神は蘇り、再び戦場で戦い始めたらしいの」
「えっ!」
カリンとマレードは驚きのあまり、しばらく口を開けたまま呆然としていた。




