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第四話 守護者の提案

 声を上げたカリンを見て、シャスターは大笑いした。


「驚くことはない、星華だよ」


「あっ!」


 カリンは気恥ずかしくなって顔を赤らめた。

 シャスターの影の中に星華がいることを出発前から何度も聞かされていたのに、すっかり忘れてしまっていたからだ。


「幽霊でも現れたと思った?」


 笑いながらカリンをからかう。

 この少年の性格が悪いと感じるのはこういう時だ。カリンは仏頂面になった。


「あははは、ウソ、ウソ。ほら、星華も謝って」


「突然現れてすいませんでした」


 影から出てきた星華が頭を下げる。


「星華さんは何も悪くありませんから! 悪いのは忘れていた私ですから。それに一番悪いのはシャスターです!」


 唐突に人差し指で差された少年は驚いた。


「えっ!? 俺は何もしていないけど」


「何もしていないじゃないわよ! そもそも、星華さんを影の中になんか入れさせないで、普通に私たちと一緒に同行してもらえばいいじゃないの!」


 カリンはシャスターに詰め寄りながら、星華に視線を向けた。



 星華の服装は見るからに異様だった。

 カリンが知っているどの服装にも当てはまらない、濃淡があるものの全身が黒一色の服装だ。

 騎士や傭兵たちのような鎧の防具ではない。だからといって、自分やシャスターのような旅人の服装でもない。


 シャスターから聞いた説明によると、星華の服には希少な素材で作られた黒い糸状の繊維が無数に織り込まれているらしい。

 それが身体の箇所によっては密集して黒い絹のように見え、あるいは箇所によっては網目模様や鎖帷子のように見える。それに、肌が大胆に露出している箇所もある。

 軽いのに防御力に優れている……しかし、その分希少で驚くほど高価な、彼女専用の戦闘服だった。

 さらに、身体のラインにぴったりと密着した服は、星華の見事過ぎる曲線美を惜しげも無く出している。


 同性のカリンから見ても、星華はため息しか出ないほどの美しさだ。天は二物も三物も与えているのだ。

 しかし、だからこそカリンは星華が不憫でならない。



 星華は「シャスターの守護者(ガーディアン)」と呼ばれる存在らしい。

 忍者と呼ばれる最上級の戦闘系職業の一つ、さらにその中でも「くノ一」と呼ばれる別格の存在であり、シャスターの剣となり盾となって護るのが使命だと聞いた。


 それならば、そこまでしてくれる星華の待遇をもっと良くしてあげるべきだとカリンは思う。少なくとも影に隠しておくことが良いはずがない。


「いやー、でも影の中が一番便利だし……」


「便利って何よ、便利って!」


 そもそも影の中に入れること自体がとんでもなく特殊な能力なのだ。

「影潜りの術」という忍者の中でもほんの一握りしか使えない高度な忍術らしいが、それをこの少年は「便利」の一言で片づけてしまっている。


「そもそもシャスターにとって、星華さんがどれほど有難い存在なのか分かっている?」


「そりゃ、分かっているよ」


「いいえ、分かっていません!」


「あのー」


 二人の一方的な言い争いを横でおとなしく聞いていた星華が口を開いた。


「シャスター様、時間がもったいないので任務に向かいます」


 星華は黒曜石のように静かに輝いている瞳をシャスターに向けている。


「うん、気をつけて」


 その言葉とともに、星華は消えてしまった。



「あっ、星華さん! って、任務ってなに?」


「死者の森を調べることさ。ほら、二手に分かれた方がはかどるでしょ」


 何が現れるかも分からない危険な死者の森に、いくら最強の忍者とはいえ、女性を一人で行かせるなんて信じられない。

 カリンはさらに文句を言おうとしたが、先に口を開いたのはシャスターだった。


「探索すると提案したのは星華自身なんだ。今まで俺の指示に従うだけだった彼女が最近変わってきてさ。だから彼女の意思を尊重しようと思ってね」


 なんとなく嬉しそうな表情をしているシャスターを見て、カリンは少しだけ恥じた。

 シャスターと星華は強い信頼関係で繋がっているのだ。

よくよく考えれば、二人の関係性が分かっていない自分が、とやかく言う資格はないのだ。


「言い過ぎてごめんなさい。一番悪いのは私でした」


「ん、なにか言った?」


 すでに進み始めているシャスターには、後ろからのカリンの声がよく聞こえなかったらしい。


「ううん、何でもない。それじゃ私たちも行きましょう」


 カリンとシャスターは街道に戻り、森の奥へと進み始めた。



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