第六十四話 ラティーマの旅人 33
夜の上空で聖天使ラーとラティーマの後継者が対峙している。
ファルス神聖国第一聖騎士団を率いているカナルダンは今更ながら、自分がとんでもない場所にいることを実感していた。
そもそも八聖卿の彼でさえ、聖天使ラーと会う機会など滅多にない。声や思念だけで一方的に命令を受けていただけだ。
それが今、彼が見上げる頭上に聖天使ラーがいるのだ。
ファルス神教を広め、ファルス神聖国を建国した伝説の存在が現れたのだ。ファルス神教徒にとって、これほど感極まることはない。
さらに伝説と謳われていた五芒星の魔法学院、その一つであるラティーマ魔法学院の後継者と戦おうとしている。
これをとんでもないと言わずに何と言うのか。
しかも、ラティーマの後継者は始祖の吸血鬼の魂の在処を知っているらしい。
その交換条件として聖天使ラーはラティーマの後継者と戦うことを決めたのだ。
(ラティーマの後継者は本当に始祖の吸血鬼のことを知っているのか?)
カナルダンは疑問に思った。
始祖の吸血鬼の身体が冥々の大地中央部にあることを以前からファルス神聖国は把握していた。そして、今回やっと転体という特殊魔法をユーグ卿が修得できた為、始祖の吸血鬼の身体を乗っ取ったのだ。
しかし、始祖の吸血鬼の魂の在処だけは見つけることができないでいた。八聖卿は一万年もの間、何十回も世代交代をしながらずっと探し続けていたのだ。
それをラティーマの後継者が見つけたとは。
カナルダンとしてはにわかに信じ難い。
(いや、しかし、この状況下で嘘をつくことなど有り得るのか?)
カナルダンは心の中で頭を横に振った。
彼もまた、ファルス神聖国の聖都にいる他の八聖卿たちと同じ思考に辿り着いたからだ。
(つまり、ラティーマの後継者の言葉は本当だということか……)
すでに平静を取り戻していたカナルダンは手に汗を滲ませながら二人を見つめていた。




