第六十二話 帝都では 6
「レーゼン副騎士団長、もう一杯いかが?」
「頂きます」
レーゼンは頭を軽く下げた後、クラム大神官長を見つめた。
(それにしても、この御方は何をどこまで知っているのだろう)
レーゼンが聖天使ラーが実在することを報告した時、クラム大神官長はあまり驚いた様子はなかった。
ファルス神聖国にいるユーリット騎士団長から聞いていたということも考えられるが、ユーリット騎士団長がファルス神聖国にとって最重要機密であるはずの「聖天使」のことを盗聴の可能性があるマジックアイテムで連絡するはずがない。となれば、おそらくクラム大神官長は最初から聖天使ラーの存在を知っていたのだろう。
クラム大神官長は全てを包み込む優しく魅力ある人物だ。一方、日頃はほんわかしていて冗談やイタズラ好きの茶目っ気もある。
つまり、内心が全く見えてこない女性なのだ。
(ほんと、この国のファルス神教トップ二人はいったい何を考えているのか。いや、何を隠しているのか……)
レーゼンは心の中で苦笑した。
カリンをファルス神聖国に行かせた理由について、レーゼンは納得しているが、クラム大神官長の説明を全てを鵜呑みにしたわけではない。
何故なら、内心を見せないクラム大神官長としては、あまりにも理由が明確過ぎるからだ。
もちろん、カリンの気持ちを最優先したことは事実であろう。しかし、それだけではない気がする。他にも重要な理由があるのではないか。
そのことをトップの二人……クラム大神官長とユーリット騎士団長は隠している。
副騎士団長の自分や大神官たちでさえ、知らされていない本当の理由を。
「カリン殿はファルス神聖国のトップになるのでしょうか?」
レーゼンはカマをかけてみた。
実際、カリンの能力であればそれも夢ではない。それどころか、かなり現実味を帯びている。
カリンがファルス神聖国のトップになれば、ファルス神教帝都本部との関係も改善する。そうなれば、ファルス神教はさらに拡大していくだろう。
それがクラム大神官長の本当の狙いだと、レーゼンは思ったのだ。
「ふふふふ。紅茶をもう一杯いかが?」
しかし、クラム大神官長は答えない。
微笑みながら、はぐらかすだけだ。
「いえ、もう結構です」
レーゼンは丁寧に断った。
これ以上聞けることはないと判断したからだ。
「さて、随分と遅い時間になってしまいました」
時計を見ながらレーゼンは椅子から立ち上がる。
「そろそろ、失礼……」
「そうですね、そろそろレーゼン副騎士団長にも話しておいた方が良いかもしれませんね」
「!?」
突然の意味深な発言にレーゼンの動きが止まる。
「レーゼン副騎士団長が言う通り、カリンさんはトップになるでしょう」
クラム大神官長は素直に認めた。
「やはり、クラム大神官長は彼女をファルス神聖国のトップにしたいのですね」
レーゼンの推測は当たったようだ。
「いえ」
しかし、クラム大神官長は頭を軽く横に振った。
「ファルス神聖国のトップではありません」
「……どういうことですか?」
レーゼンにはクラム大神官長の言葉の意味が分からない。明らかに矛盾しているからだ。
いつもの様にからかわれていると思ったレーゼンは少し口調が強くなる。
そんなレーゼンの表情の変化を見て、クラム大神官長は微笑みながら答えた。
「ファルス神聖国だけではないということです」
「……まさか」
迂闊にも、レーゼンは自身の推測をさらにもう一歩踏み出した可能性があることに気付いた。
その可能性とは……。
「カリンさんが全てのファルス神教徒のトップになることです」




