第二話 葛藤
翌朝、シャスターたちは見送る町長たちを後にして出発した。
それからしばらく経つと、街道の先に死者の森が見えてきた。
森の前まで来ると、一行は馬を止めた。
「それじゃ、俺たちはここまでです」
傭兵たちとはここでお別れだった。
斧使いがシャスターに握手を求める。それに続いて両刀使いと大剣使いとも握手をした。
「みんな、ありがとう。助かったよ」
「なーに、大したことはしてねえ。これからのシャスター様の方が大変だ」
「早くフローレさんを目覚めさせる方法を見つけてきてください」
「また会える日を楽しみにしてますぜ。嬢ちゃんも元気でな」
ここから先は本来の街道から北に逸れて、ゲンマーク山脈に沿った道に入る。
本来の街道は死者の森の中へと続いているからだ。
つまり、ゲンマーク山脈に沿いの道は街道ではない。しかし、死者の森の迂回路として多くの者たちが通ってきた道なので幅も街道と同じくらいに広く整備もされている。
三人はこの分岐点でシャスターたちが見えなくなるまで見送ることにしたらしい。シャスターとカリンが馬で歩き出すのを待っている。
しかし、いつまで経ってもシャスターはその場から馬を進めようとしないで、立ち止まったまま何か考えている。
「何しているの? 早く行こうよ」
カリンに急かされて、やっとシャスターは進み始めたが、その方向に皆が驚く。
「ち、ちょっと、どこ行くの!?」
「そっちは死者の森ですぜ!」
慌てて斧使いが止めようとするが、シャスターは必死になっている斧使いに笑いかけた。
「死者の森に入ることにした」
「ええっー!?」
誰もが驚いた。
昨夜の町長の話を聞いた後なら尚更入っては行けない森だと理解したはずなのに、この少年は一体何を言っているのだろう。
「馬鹿ですか、あなたは!」
カリンが直球過ぎる感想を述べたが、三人も同じ気持ちだった。死者の森に入るなど自殺行為と同じだ。絶対に入ってはならない。
しかし、シャスターの考えは変わらなかった。
「もう、決めたことだからさ」
「はぁ!?」
カリンが詰め寄る。一人で勝手に決めたことと、意味が分からない行動に憤慨しているのだ。
「私は絶対に嫌よ。確かにアイヤール王国に行くのには森の中を通る方が近道かもしれない。でも、森の中ではアンデッドがいるのよ。襲われて死んでしまったら元も子もないじゃない。フローレ姉さんを助けることもできないわ!」
「逆だよ。フローレを助けるために死者の森に入るのさ」
「……ん?」
怒っている最中に更に意味が分からないことを言われたカリンは目が点になっていた。
「すいません、シャスター様。詳しく理由を教えてもらいませんか?」
カリンの代わりに両刀使いが助け舟を出す。傭兵たちも興味津々だった。
「昨夜、町長から昔起きたシュトラ王国の惨事を聞いたけど、明らかに異常だ。疫病で王国の人々がアンデッドになり、しかも不思議なことに被害はシュトラ王国内だけに留まっている。さらにシュトラ王国内だけを急速に森が覆ってしまったこともね」
「確かに不思議だと思いますが、その謎をシャスター様が解明するために森に入るのですか?」
「解明というほどじゃない。でも、国民がアンデッドになったことが気になるんだ。何か意図的に、誰かの手によって疫病が流行らされたのじゃないかと」
「……その可能性はありますね。しかし、それとフローレさんと何が関係するので?」
「アンデッドは死者を蘇らせた状態のこと。つまり、誰かが死者を蘇らせたとすれば、その者は魂と身体の関係にも詳しいと思ってさ」
つまり、フローレが陥っている魂眠……魂が身体から分離したまま身体の中に留まっている仮死状態……を元に戻せる方法を知っている者がいる可能性があるということだ。
シャスターがレーシング王国を出る三つのルートの内、一番危険を伴う死者の森方面を選んだのは、最初から死者というキーワードに関心があったからだった。
「それ、本当なの!?」
両刀使いを差し置いて、カリンが話に割り込んできた。
「確証はないし、ただ可能性があるというだけ。でも少しでも可能性があるのなら、俺だけでも死者の森に入って調べてみようと思ったのさ。カリンはさ、森を迂回してアイヤール王国に向かってくれて構わない。あとで向こうの国境の町で合流しよう」
シャスターの提案は合理的だと、三人の傭兵たちも納得した。
危険ではあるが、シャスターだけが死者の森に入り、フローレの手掛かりを探すことにし、カリンはアイヤール王国の国境の町で待っていれば良いのだ。
これならば、カリンも納得するだろうと三人は少女に視線を向けたが、その本人は苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。
その表情に不思議がる三人を無視して、カリンは振り絞るように声を出す。
「……入る」
「ん?」
「私も死者の森に入る!」
大声で叫んだカリンの表情を見ると、心の中で葛藤していたのがよく分かる。
死者の森なんて絶対に入りたくはない。
しかし、彼女にとって一番重要なこと、つまりフローレを目覚めさせる可能性があるのに、自分だけが安全な場所にいてシャスターだけを危険な目に遭わせることに、自分自身が我慢できなかったのだ。
「嬢ちゃん、無理しなさんな。シャスター様を信じて待っているのが一番だ」
斧使いが考えを改めるように促すが、カリンの気持ちは変わることはない。それは短い付き合いだが、シャスターはよく知っていた。
「分かった。カリン、一緒に行こう」
「いいんですかい?」
傭兵たちは心配したが、カリンは低レベルでも神聖魔法が使える神聖魔法の使い手だ。自分の身ぐらい守れるだろう。
「それにまぁ、来るなと言っても素直に聞くような物分かりが良いはずもないし。自分の意思を貫き通す強い信念を持っているからね。ねぇ、カリン?」
「……まあね」
褒められているのか、けなされているのか分からず、とりあえず頷いたカリンだが、そんなことを気にせずに、シャスターは三人に笑顔を向けた。
「それじゃ、三人ともありがとう。ラウスたちにもよろしく伝えておいてね」
三人の傭兵たちは、お気楽過ぎるシャスターを見ながら、心の中でため息を吐いた。
彼らにできることは、無事を祈りながら笑顔で送り出すことだけだ。
「シャスター様と嬢ちゃんの幸運を祈っていやす」
「フローレさんの守りは任せてください」
「気をつけて行ってくだせぇ」
三人は手を振りながら、森のなかに消えていく二人をいつまでも見送った。
帰ってからエルマにどれほど怒られるのかを想像しながら。




