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第一話 国境の町の記録

 シャスターたち一行は国境に向かって街道を進んでいた。



 ラウスたちと別れてから四日が経っている。そろそろ国境付近に来ているが、もう日が暮れかけていたので近くの町ベルに泊まることにした。


 町にはすでに伝達が回っていたらしく、ベルの町長が出迎えてくれる。ただ、無用な混乱を避けるため、シャスターの身分は町長たちには隠されていた。



「皆様方、遠路遥々お疲れ様でした。今夜は我が家でお休みください」


「ありがとうございます」


 シャスターたちは町長の好意によって夕食をご馳走になることになった。食卓にはすでにたくさんの料理が並べられている。


「皆様方はこの度の戦いで大活躍をされたと聞きました。大したもてなしはできませんが」


 町長は満面の笑みを浮かべている。

 昨夜宿泊した町でも同様に多大な接待を受けたが、東領土の人々にとってラウスが国王になったことはとても嬉しいことなのだろう。

 一行はしばらくの間、食べることに専念した。



「ところで、ここから国境である死者の森まではどのくらいですか?」


「はい。ここから馬で街道を進めばニ、三十分ほどで死者の森に着けます。さらにそこから北に向かい死者の森をゲンマーク山脈沿いに大きく迂回すれば、十日間ほどでアイヤール王国の国境に着けます」


 町長はアイヤール王国へ行ったことはない。しかし、ベルは国境付近の町で商人や旅人たちが立ち寄るため、町長もある程度の情報は知っている。


「街道は国境で終わっているわけではなく、昔の名残でそのまま死者の森の中に続いています。そのため、死者の森について何も知らない旅人や急いでいる商人の中には、我々の引き留めを無視して死者の森に入って行く者もいるのですが……」


「誰も戻ってこない?」


「はい。彼らが死者の森を抜けてアイヤール王国に着いているのなら良いのですが。ただ我々も心配なのでアイヤール王国からこちらに来た商人たちに聞いてみると、誰一人として安否確認できた者はいないのです」


 この町と同様に互いの国を行き来する場合、商人たちはアイヤール王国の国境付近の町にも立ち寄ることになる。だから、両方の町では商人たち同士で情報交換が行われることが多い。しかし、そこに死者の森を抜けた商人の話が出ることはないのだ。



「昔、死者の森に王国があったことは?」


「もちろん知っています。百年ほど前までは森ではなく、シュトラという王国があったと聞いております」


 町長はシュトラ王国の話をしてくれたが、大方の内容は出立の際にラウスが話してくれたことと同じだった。

 ただ、一つだけシュトラ王国に隣接していた町ならではの情報があった。


「不思議なことに、シュトラ王国で蔓延した疫病はレーシング王国では全く流行らなかったそうです」


「隣接しているこの町でも流行らなかったの?」


「はい。当時、このベルはシュトラ王国と頻繁に行き来がありましたので、当時の町長はこの町でも疫病が蔓延することを恐れていたそうです」


 実際、ベルの町で疫病が流行るのは時間の問題だと思っていた。行き来があった近隣のシュトラ王国の町が疫病で全滅したからだ。

 そこで、当時のレーシング国王に命によって、この町は隔離された。


「しかし、それから何ヶ月経ってもこの町の人々は誰も発症しませんでした。そこで、隔離も解かれ普通の生活に戻ることができたようです。それから一年後、レーシング王国からシュトラ王国に騎士団が派遣されました」


 レーシング王国としては隣国の状況が気になっていたが、下手に動いてレーシング王国にも疫病が蔓延してはならないのでしばらく静観していた。

 しかし、一年以上も経ってもう大丈夫だと思ったのだろう。千名からなる大規模な騎士団が援助と調査の名目でシュトラ王国に向かった。


「この町は派遣された騎士団の拠点でしたので、当時の町長は詳細に記録していたようです」



 記録によると、千名のうち最初にシュトラ王国に派遣した三百名が半月経っても誰も戻って来なかった。

 そこでさらに五百名を増援したのだが、またしても誰も戻って来なかった。


 隣国ではまだ疫病が蔓延していて、派遣した全員も残念ながら感染して死亡したのだろう。そう思った派遣軍の隊長はこのことを国王に報告するため、町から撤退しようとした。

 しかしその直後、シュトラ王国から一人の騎士が戻ってきた。

 それは派遣した騎士団の副隊長だった。身体中がぼろぼろで今にも死にそうだったが、やっとのことで隊長の元までたどり着くとシュトラ王国の内情を報告した。


 副隊長はすでにシュトラ王国の民は死に絶え、王都を含めた町や村は全て廃墟になっていること、巨大な木々が生い茂り王国中に広大な森が広がっていることを伝えた。

 さらに最も憂慮される危機的なこととして報告したことが、疫病で死んだ者たちがアンデッドとなっていることだった。

 派遣隊はアンデッドの大軍によって全滅させられたのだ。


 それらを報告し終えた副隊長は間もなくして息絶えた。



「当初、隊長はアンデッドの話を信じていなかったようですが、死んだ副隊長がその場でアンデッドとして蘇り、周囲の騎士を襲いかかるのを見てすぐさま信じたようです」


 隊長はすぐに剣を抜きアンデッドになった副隊長を倒したが、当然ながら驚きを隠せなかった。

 アンデッドに襲われて死んだ者はアンデッドになり、しかも理性や知性そして記憶までもが失ってしまうことが分かったからだ。


 隊長はこの異常事態をすぐに国王に知らせるとともに、さらに五千名の騎士団の増援を要請した。むろんシュトラ王国に派遣するためではない、近々シュトラ王国から襲ってくるアンデッドたちからレーシング王国を守るためだ。

 そして、すぐに騎士団は派遣され国境警備に当たった。



「しかし、不思議なことにアンデッドたちがシュトラ王国を越えてレーシング王国に現れることはありませんでした。それは今でも変わりません。だからこそ我々は安心してこの町で毎日を過ごすことができるのです。ただ、副隊長からの報告であったとおり、森が急速に広がっている状況は目に見えて分かるものだったらしく、シュトラ王国は滅びてからわずか数年で今の森になってしまったようです」


「たった数年で一つの王国を飲み込むほどの森に成長したと!?」


「はい。あまりにも異様な森の急成長と、アンデッドたちがうごめく森……シュトラ王国はいつからか死者の森と呼ばれるようになりました」


 状況から判断すると、普通の森でないことは確かだ。ただ幸いなことに、森の広がりがレーシング王国を侵食することも森からアンデッドが現れて襲ってくることもないので、レーシング王国としては静観しているだけで済んでいる。


「町長は死者の森に入ったことは?」


「めっそうもございません!」


 恐怖に引きつった表情で町長は頭を横に振った。


「町の警備のため死者の森付近を巡回はしていますが……警備の者たちが言うには時々、森の中から呻き声や叫び声が聞こえてくるそうです」


「死者の?」


「おそらくはそうでしょう」



 ここまで町長とシャスターの二人だけで会話していた。

 他の者たちが会話に参加しないのはあまり聞きたくない内容だからだ。特にカリンはこの手の話が苦手なようで、ずっと下を向いたまま食べることに集中していた。


「ねぇ、シャスター、死者の森の話はそのくらいにしようよ。せっかくの美味しい料理が台無しだよ」


「えー、カリンは興味ないの?」


「ないよ!」


 速攻で答えたカリンはシャスターを睨んだ。あまりにも無神経な少年に堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。


「カリンは神官見習いだったから、死者について興味あるのかと思っていた」


「それとこれとは別!」


 カリンは神官見習いなのでフェルドの時のように亡くなった人々を弔うことはできる。

 しかし、アンデッドとなると話は変わってくる。生理的に無理だ。



「町長、美味しい料理を用意して頂きありがとうございました。私たちは明日も早いのでこれで失礼させて頂きます」


「分かりました。ごゆっくりとお休みください」


 カリンが強制的に話を終わらせると、名残惜しそうなシャスターを椅子から立たせた。


「さあ、みんな部屋に戻って寝ましょう」


「じゃ、俺だけはもう少し町長と……」


「いいえ、町長に迷惑よ。シャスターも寝なさい!」


 有無を言わさず、カリンはシャスターを部屋に連れて行く。それを唖然として見ている傭兵たちにも早く部屋に入るように促す。シャスターと三人の傭兵は同部屋だからだ。


「シャスターが抜け出さないように、しっかりと見張っておいてね」


 誰にも反論を許させないまま、部屋の扉がおもいっきり閉められた。



「あの嬢ちゃん、気が強えな」


「ああ、初めて会った時もフェルトの町の門の上からシャスター様を叱咤激励するため叫んでいたな」


「あの時から肝の据わった嬢ちゃんだと思っていたが……シャスター様よ、大変な旅になりそうだな」


 シャスターに同情しながらも三人は笑っている。


「三人とも性格悪いよ」


 ふてくされたシャスターに三人はもう一度大笑いをし、カリンの言いつけを守りながら眠りについた。



皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!


「五芒星の後継者」第二章のスタートです。


カリンが仲間に入り、シャスターたちの新たな旅の始まります。

彼らの旅はこれからどうなるのでしょうか。


もし良ければ、これからも読んでくださいね。

よろしくお願いします。

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