第四十三話 ラティーマの旅人 21
「さて、次こそは出てきてよね」
たった一度の魔法で五万もの軍勢を無力化してしまったルーシェは鼻歌を唄いながら進軍を続けていた。
彼女としてはファルス神聖国聖騎士団に出てきて欲しいのだ。冥々の大地北西部で第四聖騎士団は全滅させた。彼らは北西部で暮らしていた種族を有無を言わさずに殺していたのだ。
ルーシェは別に正義の味方を気取る気はないが、中途半端に力を持っている自惚れた軍隊ほどタチの悪いものはないと思っていた。それが目下のところ、ファルス神聖国聖騎士団なのだ。
彼らはファルス神教の名のもと、裏で残虐な行為を行なっていることが分かった。そういう軍隊ならルーシェは気兼ねなく戦える。
ファルス神聖国聖騎士団は神聖国軍最強と謳われる第一聖騎士団を筆頭に第二、第三と続き、末席が第四聖騎士団だ。
その第四聖騎士団が全滅したことを知ったファルス神聖国は必ず他の聖騎士団を追撃に向かわせてくると、ルーシェは確信していた。
「おっ、来た来た」
それから二日後、ルーシェの地図に敵の反応が現れた。数は多くはない。千を超えるぐらいだ。少ない人数ということは聖騎士団の可能性が高い。
「やっとお出ましね」
ルーシェはワクワクする。
しかし、ひとつだけ懸念があった。
「大丈夫だといいけど……」
心配そうな表情を浮かべたルーシェが新たな敵と対峙したのは、それから三時間後だった。
前方に白い鎧を着た騎士たちが平然と並んでいる。ゴーレムたちと同じ鎧だ。間違いない、ファルス神聖国聖騎士団だ。
しばらくすると、聖騎士団から二人の騎士が前に出てきた。
ルーシェも馬型ゴーレムに乗ったまま前に出る。
「ラティーマ魔法学院の後継者か?」
ひとりの騎士が大声で叫ぶ。
「そうよ」
どうやら自分の正体はバレているようだ。それなら隠す必要もない。
「人に名前を尋ねる時は先に名乗ったら?」
「ふん、勝手に領土侵犯をしようとしている者に名乗る必要はない!」
二人の騎士は鼻で笑う。
「あっ、そう」
いつものルーシェならここでキレるのだが、今回は我慢をした。怒りを最後まで取っておいた方が、より一層楽しめると思ったからだ。
「でも、アンタたちが先に冥々の大地に領土侵犯してきたんじゃない?」
「俺たちは吸血鬼を滅ぼす大義名分のもと、冥々の大地へ侵攻しているのだ」
「住んでいる種族を殺す理由にはならないと思うけど?」
「奴らは吸血鬼の加護の下、暮らしているのだ。いわば吸血鬼と眷属だ。殺して何が悪い?」
「平穏に暮らしているのに?」
「平穏に暮らすこと自体、許されない」
ここまで話し合いが平行線だと、いっそ清々しい。
ルーシェは心の中で喜んだ。一つだけ持っていた懸念が完全に消え去ったからだ。
その懸念とは、彼ら聖騎士団が先に対峙した五万の一般兵団と同様、何も状況を知らないで純粋に祖国を守るために戦いに赴いている可能性があることだった。その場合、ルーシェは戦うことが出来なくなってしまう。
しかし、その心配はなくなった。彼らは第四聖騎士団と同様、無実な種族を殺すことを嬉々として行うゲスたちだと分かったからだ。
「良かった。これで安心して殺せるわ」
ルーシェは無邪気な表情でニコッと笑った。




