第四十二話 ラティーマの旅人 20
ファルス神聖国軍は一般兵の軍隊だ。ファルス神聖国が冥々の大地で行ってきた闇の部分については知らないはずだ。何も罪のない民たちを虐殺していたファルス神聖騎士団とは意味合いが違う。
ルーシェとしては、何も知らないで祖国を守るために戦場に駆り出された兵士たちを殺すのはしのびなかった。ただの時間稼ぎのため、無駄死にするだけの軍隊なのだ。
それにルーシェは五万の軍勢の背後にいる者たちに興味があるのだ。当然ながら彼等に命令を出した者たちがいる。そして、その者たちはファルス神聖国の中枢にいるはずだ。
だから五万の軍勢が恐怖のあまり、こちらを攻めてこないのであれば、それはそれで構わない。
とはいえ、五万の軍勢を倒さなければ、ルーシェも先には進めない。
「仕方がないな」
ルーシェは馬型ゴーレムに乗りながら片手を前方に向けた。
「水晶の壁」
次の瞬間、ルーシェの前方に水晶の壁が出来上がっていた。
高位の鉱物系魔法使いが使う防御の魔法だ。これで敵の攻撃を防ぐのだが、ルーシェの放った水晶の壁は桁違いだった。
前方に現れた透明な壁は直径が五百メートルはあろうか、高さも優に二十メートルはある超巨大なものであった。
しかも、前面だけに展開しているのではない。ファルス神聖国の五万の軍勢をそのまま囲い込むように水晶の壁は展開していた。
「な、何だ、これは!?」
ファルス神聖国軍は慌てふためく。
何人もの戦士が破壊しようと剣で斬りつけるが逆に剣が折れてしまう。魔法使いたちも壁に向けて魔法を放つが全くの無傷だ。
五万の兵士たちは完全に閉じ込められてしまった。
しかし、彼らにとってはそれこそが幸運そのものであった。千体もの異形の敵軍は彼らに目もくれず、壁の横を迂回して通り過ぎてくれたからだ。
ゴーレムたちはファルス神聖国軍の後方に向けて進軍を続けている。透明な壁の中から兵士たちは恐怖に耐えながらその光景を見つめていた。
そして、ついにゴーレム軍団はファルス神聖国軍から見えなくなってしまった。
「た、助かったのか? 俺たちは……」
多くの兵士たちがその場にへたり込んだ。緊張の糸が切れて安堵したからだ。
異形の軍勢と対峙した時、勝てるはずがないと誰もが思った。しかし、彼らは祖国を守るために戦うのが義務だ。勝てない戦いだと分かっていても、敵の戦力を少しでも削るために戦わなくてはならない。
それなのに敵はそんな彼らに見向きもしなかった。
「しかし、本当にこれで良かったのか?」
彼らは助かったが、ゴーレム軍団はファルス神聖国に向かっている。このままではファルス神聖国の国民たちが犠牲になってしまう。
「そんなことは絶対にダメだ!」
安堵したのも束の間、多くの兵士たちが再び壁に向けて攻撃を始めた。たとえ無駄死になろうとも、異形の軍勢を止めなくてはならないからだ。
しかし、そんな彼らの攻撃も全く歯が立たない。
「ちくしょー!」
全軍が絶望に打ちのめされていたその時、彼らの頭上に声が響いてきた。
「ファルス神聖国の民は殺さないから大丈夫。アナタたちはその壁の中でしばらくの間おとなしくしていてね」
少女の声だ。
おそらく敵軍の先頭にいた少女だろう。
敵には違いないが、不思議と説得力がある声だった。
安堵した兵士たちは少女に対し心からひれ伏した。




