第三十二話 歓迎の嵐
馬車はとても快適だった。
中もかなり広いため、最初からシャスターは寝転んだままだ。シャスターの反対側にカリンとマレードが座っている。
ファルス神聖国は領土的には小国だ。シャスターの話だと、首都までは馬車でも三日もあれば着くとのことだった。
「ねぇ、ファルス神聖国の首都ってどんなところなの?」
「聖都ファルスアイレアは綺麗な都だよ」
「ふぅーん、どんなふうに?」
「聖都の中心に山がそびえているんだ」
「どういうこと?」
カリンにはイメージがつかない。
「まぁ、行けば分かるよ」
相変わらずシャスターは呑気だが、カリンはそんな気分には到底なれない。
「……なんだか緊張してきた」
カリンは深呼吸しようと窓から外を眺める。
「カリンは国賓だからファルス神聖国は最大限に接待してくれるはずだ。カリンはのんびりしていればいいのさ」
やはり気楽そのものな少年だった。
しかし、シャスターの言葉の前半部分は正しかった。
夕方に到着した町では歓迎の嵐だったからだ。それほど大きな町ではないが、大勢の人々が沿道を埋め尽くしている。
「これはいったい?」
馬車の窓から外を見たカリンは慌てふためく。
「カリンの歓迎さ」
「えっ!? でも、私はファルス神聖国で何もしていないよ」
「そんなの関係ない。なにせ、ファルス神教の祝福者様なんだから」
シャスターがわざとらしく笑う。
「カリン、もっと堂々としている方がいいぞ」
「マレード……」
「カリンはファルス神教の祝福者なんだ」
嫌味のシャスターとは対照的にマレードは本気の表情だ。
確かにカリンは帝都エースヒルでも多くの神官たちから尊敬を受けていた。
つまり、ファルス神聖国でも同じことが起きているのだろう。むろん、沿道の人々はファルス神教の祝福者の本当の意味は知らない。しかし、彼等にとってカリンが高位の神官であることに変わりはない。
国賓扱いで来た高位の神官を人々が熱狂的に歓迎するのは当然だった。
「ファルス神聖国は国民の九割以上がファルス神教の信徒だ。そんな彼らにとってカリンは特別な存在なんだ」
「はぁ……」
カリンとしては素直に喜んでいいのか困惑する。つい数ヶ月前まではただの町娘が、これほど劇的に状況が一変したのだ。
「本日の宿に着きました」
馬車が止まると、騎士が扉を開けた。
目の前に広がるのは大きくて立派な宿だ。おそらく町の中で一番の宿なのだろう。そして予想はしていたが、この宿は貸切となっていて泊まるのはカリンとシャスターとマレードだけだ。
そのまま騎士たちは宿の外で警護に当たるとのことだった。すでに町の人々の喧騒は収まっている。皆、ファルス神教の祝福者にゆっくり休んでもらいたいのだろう。
「こんな贅沢にしてもらって良いのかな……」
まさに至れり尽くせりの対応に、カリンは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。




