第二十八話 恐ろしい妹君
「どうだった? 我が騎士団長殿は?」
「ん?」
「ユーリット騎士団長のことだ」
「あっ! ああ……」
マレードが感想を尋ねたが、呆然としていたカリンは即答することができなかった。ユーリット皇女があまりにもフレンドリー過ぎたからだ。しかも、皇女殿下と「ちゃん」付けで呼び合うなんて有り得ない。
「でも、向こうは本気だぞ」
「ムリムリムリ!」
おもっきりカリンは頭を横に振った。
エルシーネ皇女にも二度目に会った時から「カリンちゃん」と呼ばれるようになったが、妹君は初っ端からだ。
相手が自分のことを好きに呼ぶことは構わない。しかし、こちらから「ユーリットちゃん」などとは口が裂けても言えない。
「唯一無二のファルス神教の祝福者のカリンなら、互いに『ちゃん』でも問題ないと思うぞ」
「ムリムリムリ!」
もう一度、カリンは頭を横に振った。
「はははは。まぁ、それだけカリンのことが気に入っているのさ」
マレードは屈託なく笑った。
「それでもう一度聞くが、ユーリット騎士団長と話してみてどうだった?」
「凄いと思った」
カリンは率直な感想を述べた。
敵国かもしれないファルス神聖国にいるのに声に動揺を感じなかった。それどころか笑い声さえも聞こえていた。
よほど肝が据わっているのだろううか。同じ十八歳とは思えない。カリンには到底真似できない精神力だ。
「確かにあの人を一言で表すなら、『凄い』は的を得ているな」
腕を組みながらマレードは納得している。
そんなマレードを見ながらカリンは果実水を一気に飲み干した。やっとひと息つくことができて、ホッとする。
「ファルス神聖国は始祖の吸血鬼の偽者を使っていたことをこのまま隠し通すつもりだろうからね」
シャスターが話に加わってきた。
始祖の吸血鬼の偽者の件はファルス神聖国のごく一部の者しか知らない極秘計画のはずであり、絶対に漏らすことはできない。
なぜなら、偽者とはいえ吸血鬼を使ったことが他国に知られてしまったら、ファルス神教の総本山として大問題になってしまうからだ。
「それが分かっているからこそ、ユーリット騎士団長は平然とファルス神聖国にいられるのです」
マレードはシャスターの言いたいことがすぐに理解できた。マレードも全く同じことを考えていたからだ。
「外面的とはいえ、ファルス神聖国の仇敵だった始祖の吸血鬼を倒したんだ。立場上、ファルス神聖国の幹部たちはユーリットを称賛し感謝しなくてはならないからね」
「幹部たちの本音と建前の葛藤を楽しむために戻ったのだと思いますよ」
「ユーリットらしいな」
「内心悔しがっていても表面上は笑顔を浮かべている幹部たちを見ながらの祝賀会は、あの人にとって最高の美酒なのでしょう」
二人は笑いながら話しているが、傍から聞いていると、やはりユーリット皇女が化け物にしか見えてこなくなる。しかも、恐ろしい強者だとも分かる。ほんと、人は見かけで判断してはいけない良い例だ。
さすがエルシーネ皇女の妹君だ。
いや、この場合はエーレヴィン皇子の妹君というべきか。
いずれにせよ、とてつもない兄妹たちだ、とカリンは心の中で苦笑した。




