第七十二話 最後の質問
諦め顔のシャスターの横には、嬉しそうに馬に乗っているカリンがいる。
「お前たち、頼むぞ!」
エルマが三人の傭兵に声を掛ける。斧使い、両刀使い、そして大剣使いの三人は国境付近までシャスターたちを護衛することになっていた。
「エルマ隊長、大丈夫っすよ」
「そもそも、この方に護衛が必要とは思えませんがね」
「何かあったら、俺たちの方が足手まといになりそうだ」
三人は大笑いしたが、エルマは大真面目だ。
「お前たちに護衛など期待していない。東領土の地理が分からないシャスター様の道案内だ。間違っても死者の森に迷い込まないために」
エルマの危惧することは三人にも良く分かっていた。
西領土の接する深淵の森と同様に、東領土には死者の森と呼ばれる魔の森が隣接しているからだ。
本来ならエルマ自身が同行したいのだが、新体制になったばかりで混乱しているレーシング王国を留守にすることはできない。
(それにしても、わざわざ死者の森を迂回するルートを通るとは……)
レーシング王国から他国に向かうルートは三つある。王領の北に広がるゲンマーク山脈を越えてエースライン帝国に向かうルート、国土中央を流れるレーイン川を船で南下して他国に向かうルート、そして東領土に隣接する死者の森を大きく迂回してアイヤール王国に向かうルートだ。
そして、なぜかシャスターは三つのうち一番危険を伴う死者の森迂回ルートを選んだのだ。
「シャスター様、何度も言いますが、死者の森にはお気をつけ下さい。絶対に入り込まないように」
ラウスが念押しをする。死者の森は深淵の森以上に危険な場所だからだ。
「死者の森には以前シュトラ王国という国ありました。しかし今から百年ほど前、王国に疫病が流行り、国民全員が死んでしまいました。それ以来、あの土地は死んだ者たちが彷徨う場所となってしまったのです」
死者の森に入る者たちは時々いる。
実際、納期を急いでいる商人たちが連帯を組んで入ったこともあったし、ラウスも調査を行うために騎士団を派遣したこともあった。
しかし、ほとんどの者たちが森で消息をたったまま、戻って来なかったのだ。
「運良く戻って来た者たちも半狂乱で、死人に襲われたと叫んでおりました。それほどまでに危険な森なのです。ですから、死者の森は迂回してその先にあるアイヤール王国にお進み下さい。あの国も内乱状態で大変なようですが、私からアイヤール国王に書簡を届けさせておきます」
ラウスは隅にいた盗賊ギダと視線を合わす。ギダは心得たとばかりにその場から消えた。書簡を持って一足先にアイヤール王国に向かったのだろう。
「ラウス、色々と手間をかけさせてしまったようだね」
「いえいえ、この程度のこと大したことではありません。それよりもシャスター様、道中ご無事で……」
話しながら、ふとその時、ラウスの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「シャスター様、最後に一つだけ聞きたいことがあるのですが」
「何?」
「シャスター様はどうして最初から魔法を使わなかったのでしょうか?」
すると、その場にいた誰もが迂闊にもハッと気付いた。
シャスターは剣の腕が一流だったため、皆が剣士だと勘違いしていたのだが、確かに最初に訪れたフェルドの町で魔法使いだと名乗っていれば、今回とは全くの違う状況になっていたかもしれない。
ずっと魔法使いとは名乗らないで、最後のオイト国王との戦いまで魔法を使わずに隠していたのには、何か理由があるのだろうか。
例えば、イオ魔法学院では魔法の使用が制限されているとか、特定な条件下のみでしか魔法が使えないとか。
誰もが真相を聞きたくて、シャスターに視線を集中させていたが、当の本人は涼しい表情のままだ。
「ただ、何となく、かな」
「……何となく、ですか?」
思いっきり肩透かしを食らったラウスは唖然とする。
「最初カリンに出会った時、騎士相手に剣を使ったらそのまま剣士だと勘違いされたからさ。その後の傭兵隊でも騎士団でも、みんなが俺を剣士だと思って疑わなかったでしょ? それはそれで面白いと思って、剣しか使わなかっただけ」
「それだけ……ですか?」
「うん、それだけ。特別な理由なんて何もないよ」
「……なるほど」
ラウスにはシャスターに合わせて相槌を打ったが、心の中では大きくため息を吐いた。
そして、それはラウスだけではなく、その場にいる全員も同様だった。
やはり、この人は変わっていると。




