第七十一話 旅立ち
その日のお昼過ぎにシャスターはレーシング王国を出立することにした。
フローレの身体について心配することはなくなった。しかし、だからと言ってゆっくりと解決策を探して良いということではない。
ラウスたちからは何度かもう少し留まるように懇願されたが、シャスターは予定通り出発することにした。
王都の門で、皆が見送る。
「シャスター様、本当にありがとうございました」
ラウスが深々と頭を下げる。
シャスターがいなければ、今のレーシング王国はない。それは間違いなかった。
「俺も礼を言わせてください。そして、あなた様を疑ったことを謝らさせてください」
「それは私も同じです。悪魔と呼んだこと、お許しください」
エルマとマルバスも頭を下げた。
「いいよ、気にしていないから。隠していた俺も悪いしね」
許しを請うた二人を笑いながら馬に乗ると、シャスターはみんなを見渡した。
ラウスの後ろにエルマとマルバス、さらに後ろにはウルと分団長たちや傭兵部隊が控えている。
しかし、そこに少女の姿はない。
「まぁ、いいか」
独り言を呟いてから、ラウスに目を向けた。
「フローレのこと、宜しく頼む」
「お任せください!」
いつになるか分からないが、シャスターは必ずこの国に戻ってくる。フローレを目覚めさせるために戻ってくるのだ。国を救ってくれた英雄との約束をラウスは身命に替えてでも守るつもりだった。
「それと、ついでにカリンもよろしく」
「実は、それについては……」
「待ってー!」
ラウスが言いかけたところで、遠くから声が聞こえてきた。シャスターが振り返ると、少女が馬に乗ってこちらへ向かってきている。
「ちょっとー! 何で私を置いていこうとするの?」
カリンは怒った様子で文句を言う。
「えっ!? だって俺の旅だし、カリンには関係な……」
「フローレ姉さんとの約束は嘘だったの?」
カリンはシャスターに詰め寄った。
「ん? あぁ……あれね」
シャスターはカリンを守る約束をしたことを思い出した。
ただ、ラウスがカリンの後見人になってくれて、カリンは王宮で住むことになっている。つまり、レーシング王国において、カリンは最も安全だし何不自由なく暮らせるのだ。
シャスターとしては、フローレとの約束は守ったつもりだった。
しかし、カリンは納得しない。
「フローレ姉さんとの約束は、私があなたに守られることでしょ! だから、私も一緒に旅に行く!」
「でも、氷の棺のことはどうする? フローレの側にいてあげなくていいの?」
「フローレ姉さんのことについては、ラウス国王にお願いしたわ」
自信満々に答えるカリンからラウスに視線を移すが、見つめられた国王は申し訳なさそうに頭を下げる。
「シャスター様にカリン嬢の後見人を頼まれる前に、実はカリン嬢から氷の棺の件を頼まれておりまして……」
「それで、了解したの?」
「はい」
ラウスは申し訳なさそうにしているが、表情が微笑んでいた。
「はぁ……、つまり、最初からカリンとグルだった、っていうこと?」
「申し訳ございません。でも、我々もそれが一番良いと思ったのです。ぜひ、カリン嬢を一緒に連れて行ってあげてください」
ラウスは弁解するが、後見人を頼む前からカリンを旅に連れて行ってもらうことが決まっていたのだ。
ここまであからさまに裏切られてはいっそ清々しい。
それに、カリンの言う通りフローレとの約束は間接的にではなく、直接的にカリンを守って欲しいということだったはずだ。
しかし、それでもやはり、シャスターとの旅は危険なのだ。
シャスターは少しだけ考えてから、カリンに目を向けた。
「旅はかなり過酷になるよ。命を落としてしまうような危険なこともあるかもしれない」
「大丈夫、私は自分の身ぐらいは自分で守れる」
「旅に出たら、何年も故郷に帰って来れないかもしれない」
「故郷は無くなっちゃったから。それに今の私の夢は、フローレ姉さんを目覚めさせることだから」
それを言われるとシャスターとしては何も言い返せない。
「本当に辛い旅になるよ?」
「ここでいつ戻ってくるか分からないシャスターの帰りを待つより、一緒にフローレ姉さんを目覚めさせる方法を探しに行く方がいい。こんな大変なことをシャスターだけに任せてしまったら、私は毎日氷の棺を見ながらずっと後悔すると思うの」
「……」
「あの時、フローレ姉さんは私を命がけで守ってくれた。そのおかげで私は生きている。だから今度は、私が姉さんを助けたいの。お願いシャスター!」
少女の真剣な眼差しをしばらく見つめていたシャスターだったが、ついに観念した。
「……分かった。それじゃ一緒に行こう」
「ありがとう!」
カリンは喜びながら、ラウスに拳を力強く向けた。ラウスも苦笑しながら拳を返す。
それを見てシャスターは大きくため息をついた。




