第九話 ラティーマの旅人 9
「ひぃー!」
「な、な、何だ!?」
あまりにも突然の出来事で、周りの聖騎士たちは恐怖で動揺している。
その隙に兄弟たちは掴まれた腕を抜け出して少女の背後に隠れた。本能的に気付いたのかもしれない。
「磔かー、いいかもね」
初めて少女が口を開いた。
次の瞬間。
「ぎゃあ!!」
悲鳴がこだまするかのように響き渡る。
声の主は聖騎士たちだ。彼らの両手両脚を槍が貫通したまま、巨木の幹に突き刺さっていた。
兄弟たちは目を見張った。十人ほどの聖騎士が木々に貼り付いている姿はあまりにも異様で残忍な光景だったからだ。
「はい、磔の出来上がり!」
少女か無邪気に笑う。
それだけで十分だった。聖騎士たちにはこの少女のせいだと分かった。
「貴様、こんなことして、タダで済むと……」
直後、反抗した聖騎士の口に槍が突き刺さる。そのまま聖騎士は絶命した。
「あわわ……」
こうなっては誰も逆らおうとするはずがない。脂汗をかきながら黙ったままだ。
しかし、そんなことは関係なく少女は説明をする。
「その磔は三日後に魔法が解けるわ。それまで頑張ってね」
それを聞いた聖騎士たちは生き残るため必死になって回復魔法を唱え始めた。
しかし、両手両脚の傷を回復させるようとしても、槍は突き刺さったままだ。傷を塞ぐことができない。しかも、身動きできない状態では槍を抜くこともできない。彼らは出血だけでも止めようと、もがいていた。
「さて、信力が尽きるのが先か、体力が尽きるのが先か」
少女は地べたに座ると楽しそうに眺めている。
そんな少女に声を掛けた者がいる。
「あ、ありがとう……」
兄弟の兄がおそるおそるお礼を言う。
本心を言えば、この人間離れした少女の元から一刻も早く逃げ出したい。しかし、自分たちを助けてくれた。だからこそ、兄は精一杯の勇気を振り絞って感謝を伝えたのだ。
「そんなことはいいから、さっさと逃げたほうがいいよ」
「あ……う、うん、でも……」
両親も殺され、村も焼かれた兄弟にとって、逃げる場所などない。だったら、この場で死んだ方がいい。そうすれば、すぐに両親とも会えるだろう。
兄の表情からそんな心情を察知した少女は大きなため息をつく。
「アンタはそれでいいかもしれないけど、弟はどうするの?」
少女の言葉で兄はハッとした。
兄の背後に隠れて怯えている弟、そんな弟を自分と一緒に死なせていいのだろうか。
「兄ちゃん!」
恐怖で震えながらも弟の目は兄をしっかりと見つめている。
「必死になって生き延びなさい。その途中で死んでしまうのは仕方がないわ。でも、最初から生きることを諦めて死ぬのは許さない」
少女の言葉は助けの手を差し伸べてくれるわけではない。叱咤激励でもない。しかし、とても重みのある言葉だった。
「分かった! ありがとう」
兄は少女に頭を下げた。弟も兄の真似をして頭を下げる。
「ラウ、行くぞ!」
「うん、兄ちゃん!」
兄弟はそのまま駆け出すと、深い森の中へ消えていった。
そんな兄弟を見ながら少女は感銘を受けた……わけでもなく、磔にされた聖騎士たちに視線を向けた。
彼女にとってはこっちの方が面白いからだ。




