第七十話 後継者
フローレの件は、一旦は落ち着いた……わけではなかった。
たしかにフローレのことについては落ち着いた。安心だと分かったからだ。しかし、その過程については全くもって落ち着くことは出来なかった。
シャスターが部屋に戻ってから暫くした後、ラウスによって緊急の話し合いが行われた。
エルマ、マルバス、ウル、それにどういう訳か、カリンまで呼ばれて末席に座らされていた。
皆が神妙な面立ちをしてたが、最初に口を開いたのはラウスだった。
「本当にシーリス魔法学院の後継者様が来ていたのか?」
「シャスター様がそうおっしゃるのなら間違いないと思います」
マルバスの発言にラウスも頷いた。
「そうだな。そうなるとマズいことになったかもしれんな」
「……はい」
今度はエルマの答えに全員が頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。まったく意味が分かりません」
カリンは四人が何を話しているのか、さっぱり分からない。突然出てきたシーリス魔法学院もそうだし、何がマズいのかもだ。
「そうだな、カリン嬢には一から説明した方がよいな」
ラウスがカリンをこの席に呼んだのは、敬意の表れであった。シャスターのことを一番良く理解していて、唯一対等に話せるのがカリンだからだ。
そもそもカリンとシャスターの出会いがなければ、今日の新生レーシング王国はなかったはずだ。
カリンは自分自身では気付いていないかもしれないが、ここにいる誰もがその功績を認めていた。
だからこそ、ラウスはカリンに対して分かりやすく丁寧に説明を行った。
「カリン嬢、この広大なアスト大陸には伝説の魔法学院が五つ存在する。そして、その五つの魔法学院を総称して『五芒星の魔法学院』と呼ぶのだ」
そもそも、伝説の魔法学院『五芒星の魔法学院』は神話の世界に登場してくる類のものだった。
当然ながら存在自体の信憑性も怪しかったのだが、十年前に突然、火炎魔法系の最高峰であるイオ魔法学院の後継者の公布がされたことで、それが実在するものと大陸中に知らしめられた。
「その後、イオ魔法学院を皮切りに他の伝説と呼ばれた魔法学院が同じように実在することを公表し始めた。また、イオ魔法学院と同じように後継者選びを公布した魔法学院もあった」
その公布に大陸中にいる無数の強者や王族、金持ちたちが我こそはと魔法学院の狭き門の試練に挑戦をしたが、ことごとく不合格となり追い返された。
「そう考えると、父は魔法に関しては偉大だったというべきか……まぁいい。話しを戻すと、その伝説の魔法学院の一つがシーリス魔法学院なのだ」
ラウスの説明でカリンも理解できた。
しかし、なぜシーリス魔法学院の後継者が現れたことがマズいのかがまだ分からない。
「それは『五芒星の後継者』のおひとり、水氷魔法系の最高峰であるシーリス魔法学院の後継者様がわざわざレーシング王国に来てくださったのに、我々が挨拶すら出来なかったからだ」
「はぁ?」
非礼にもカリンは聞き返してしまい、慌てて口を閉じた。それを見てラウスが苦笑する。
「カリン嬢の言いたいことは分かる。そんなことで大袈裟なと思っているのだろう?」
カリンが頷いて良いものか迷っているうちにラウスが話を続けた。
「しかし、国には体面というものがあるのだ。シャスター様同様、シーリス魔法学院の後継者様も私よりもずっと格が上の御方だ。その御方がレーシング王国に来られたのに我々が挨拶もせずに帰してしまったとなると、国の面子が丸潰れになるのだ」
そういうものかしら、とカリンは無理やり納得しようと試みたが、国の面子など町娘のカリンが理解するにはなかなか難しい。
そんな時は、やはり本人に聞くのが一番だ。
「本当に国の面子が潰れてしまうのか、シャスターに聞いて来ましょうか?」
「いやいや、シャスター様はまだお休み中だ。起きるまで待つことにしよう」
「大丈夫ですよ。ちょっと叩き起こしてきますね」
「ちょ、ちょっと待ち……」
慌ててラウスが止める間もなく、カリンは部屋から出ていった。
「あの娘は私の話を聞いていたのか?」
ため息混じりに呟いたラウスにマルバスが苦笑する。
「良いではありませんか。あれがカリンの良いところなのでしょう」
「それに彼女の屈託ない性格が、シャスター様を動かしたのだと思いますよ」
エルマはカリンがフェルドの町でシャスターへの無謀ともいえる激励を見ている。あれがあの娘の良いところなのだろう。
「……そうだな。それでは無理やり起こされたシャスター様に謝りに伺おうとするか」
四人は席を立ち、シャスターの部屋に向かった。
部屋の前には、すでに叩き起こされた少年が寝ぼけながら扉の前に立っていた。
「就寝中に起こしてしまい、誠に申し訳ございません」
ラウスが頭を下げるとエルマたちもそれに続くが、カリンだけが腕を組みながら文句を言う。
「もう朝の八時よ。さっさと起きなさい!」
「だって、夜明け前に起こされたし、もう少し寝かせてよ」
「もう充分に寝たでしょ! それよりも、ラウス国王がお聞きになりたいことがあるんですって」
カリンの無茶振りに一瞬固まったラウスだったが、すぐに気持ちを切り返して尋ねる。
「もう一度、確認させて頂きたいのですが……本当にシーリス魔法学院の後継者様がこの城に来られたのでしょうか?」
「うん、来たと思うよ。俺は寝ていたから気付かなかったけど」
来たことに対して全く気にする様子もなく、シャスターは答えたが、ラウスとしては一大事だ。
「私たちはシーリス魔法学院の後継者様にご挨拶できませんでした。申し訳ありませんでした」
もてなすことが出来なかったことを謝罪したが、そんなラウスを見てシャスターは笑った。
「勝手に来て勝手に帰っていったのはあいつだ。ラウスが気にする必要はない」
「それでも……」
「それにあいつに頭を下げるとすれば俺の方だ。大きな借りを作ってしまった、苦々しいかぎりだけど」
本当に嫌そうな表情をしたシャスターを見て、カリンは不思議に思った。
「シャスターはその人のこと、嫌いなの?」
「嫌いも何も、クールでキザでカッコつけている奴で、今回も最後においしいとこだけ持って行っただろ? いけすけない奴さ」
誰もが「それって一方的なヒガミでは?」と思ったが、口には出さない。
「ラウス国王は、おもてなしが出来なかったことで国の面子が潰れてしまうことを心配しているの」
「ああ、そういうことか」
やっと合点がいったシャスターは心配しているラウスに笑いかけた。
「その点は大丈夫。あいつはそんなことで文句を言うような器の小さな男じゃないから」
さっきまでけなしておいて今度は持ち上げるとは、二人がどんな関係なのか全く分からないが、とりあえずラウスは安堵した。
「ありがとうございます。その言葉を聞いて安心しました」
「そもそも俺たちは修行で大陸各地を回っているのだから、いちいち国王の所になんて顔を出さないよ。ところでさ、遅く起きたらお腹が空いてきた。朝食は食べられるかな?」
「もう準備はできております。こちらへ」
シャスターを先導しながら、ラウスは心の中で天に感謝した。
やはりこの国が生まれ変わることができたのは、シャスターとカリンが偶然に出会ったからなのだ。
ラウスはやっと清々しい気持ちで、朝食を食べることができた。
皆さま、いつも「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます。
誤字報告があり修正をしました。
報告をして頂き、ありがとうございました。
これからも「五芒星の後継者」をよろしくお願いします。




