第六十九話 氷の棺
「シャスター、大変だよ! フローレが、フローレ姉さんが!」
早朝、カリンがシャスターの部屋に泣きながら飛び込んできた。
「ん……フローレがどうしたって!?」
突然起こされたシャスターは何がなんだか分からない。しかし、カリンは泣きじゃくって言葉が出ない。
慌ててシャスターはフローレが寝ている部屋に向かった。
事態はシャスターが思っていたよりも深刻だった。
部屋の外には大勢の騎士が押しかけてきており、部屋を警備していた者が上長に問い詰められている。
「わ、私は何も知りません。部屋の中からは物音も何も聞こえてきませんでした」
必死に弁解している騎士を横目に、シャスターは部屋の扉を開けた。
「これは!?」
思わず息を飲んだシャスターに気付いたラウスたちが鎮痛な面持ちで頭を下げる。
「シャスター様、申し訳ございません。明け方部屋を警備していた者たちが交代の際、確認のため部屋の中を覗いてみたら、このような状況になっていたのです」
「オイト前国王の残党が犯行を行った可能性がありますので、すぐに追手を手配しています」
「我々の手落ちで少女を死なせてしまいました。この落ち度は万死に値します。誠に申し訳ございません」
ラウスとエルマが矢継ぎ早に話しかけてくる。
しかし、言葉のほとんどはシャスターの耳に届いていない。
目の前の光景は異様だった。
部屋の中央に正方形の巨大な氷の塊が悠然と置かれていた。そして、その氷の中にフローレが閉じ込められていたのだ。
あまりにも透明過ぎる氷の塊はフローレの姿を一切曇らせることなく美しく見せている。
両手を胸の上で組んで立っているその姿はまるで氷の棺のようだった。
「しかし、なぜわざわざ氷に閉じ込めて殺したのでしょうか?」
「エルマよ、考えるのは後だ! 最大人数で追手を差し向けろ。そして、他の者たちは全員で氷を破壊しろ!」
ただ、すでに何人かの者たちが氷を壊すことを試みているが、不思議なことに氷に傷一つ付けることができないでいた。熱湯をかけてみても全く溶けない。
「一体、この氷は何なのだ?」
途方に暮れるラウスたちを無視してシャスターは氷に近付いた。軽く炎を纏わせた手で氷を触るが、それでも氷は溶ける気配がない。
「なんと! シャスター様の魔法の炎でも溶けぬとは?」
驚くラウスにシャスターはため息を吐いた。
「追手を差し向けても無駄だ。もうこの国にはいないよ」
「なっ!?」
さらに驚くラウスたちから視線を外すと、シャスターは自分の影に向かって話しかけた。
「星華は気付いた?」
「いいえ、この部屋の異変には気付きませんでした」
突然、シャスターの影から漆黒に身を包んだ女性が現れて、部屋にいる全員が驚愕した。
しかも、昨日オイト国王の親衛隊を一瞬で倒した女性だと分かると、さらにざわめきが起こる。
しかし、すぐにラウスが騒ぎを制する。
「星華様が気付かないとなると、かなりの手練れでしょうか?」
ラウスの推測にシャスターは頭を横に振った。
星華は忍者の中でも最上級の『くノ一』だ。しかし、その星華が気付かなかったのだ。
「何らかの方法で、この部屋の気配や物音を消したということか」
「一瞬で気配や音を遮るような障壁を作ることができれば可能です」
「気付かれないで部屋全体に高度な障壁を張り、しかも俺の火炎の魔法でも溶けない氷の棺……となると、考えられる答えは一つだな」
「はい、あの方以外おりません」
二人が何を話しているのか誰にも分からない。
「シャスター、どういうこと!? 分かるように話して!」
カリンだけではない、ここにいる誰もが理由を知りたがっている。
「凍氷の棺」
シャスターが呟くがさらに全く意味が分からない。
「それって、どういう意味?」
「この氷の魔法の名前だよ」
「これ、魔法なの!?」
カリンは驚いた。
昨日シャスターが見せた炎の魔法以外にも色々な魔法があることは理解していたが、初めてみる魔法にはやはり驚く。
しかし、驚いたのはカリンだけではなかった。この場にいる誰もが目の前の初めて見る氷の魔法に驚きの目を向けている。
「そう、氷の魔法。相手を瞬時に凍らせて氷の棺に閉じ込める魔法」
「つまり、これを行なったのは水氷系の魔法使いということですか」
「うん」
イオ魔法学院の後継者でも壊せない氷の棺のつくった魔法使いは何者なのだろうか。
ラウスとしてはとても気になるところだが、話を進めることにした。
「しかし、なぜその者はフローレ嬢を殺したのでしょうか?」
「殺してないよ。その逆でフローレを生かそうとしてくれた」
「なっ!?」
まったく意味不明で唖然とするラウスたちにシャスターは説明した。
「この氷の棺の中でフローレの身体は瞬時に凍ったため、仮死状態になっている」
「仮死状態というと死んではいないということですか?」
「うん。魂が繋がっていないフローラの身体は時間の経過とともに朽ちてしまう。もって一か月が限度だった。だからこそ、早く魂眠の解決策を見つける必要があったのだけど、仮死状態になれば身体が朽ちることを回避できる」
「まさか! それは、つまり……」
「この凍氷の棺は、俺の火炎の魔法でも溶けないほど、かなり高レベルの魔法で作られている。だから、この氷の棺に入っている限り、フローレの身体が朽ちることはない」
「やった!」
カリンが声を上げて喜んだ。同時に周りからも歓声が上がる。
「時間の制約が無くなった分、今までよりも状況はかなり良くなったということですか。でも、一体何者が?」
「イオ魔法学院の後継者であらせられるシャスター様の炎の魔法でも溶けないとなると、シャスター様以上の魔法使いがいるということでしょうか?」
マルバスは質問した後に、自分の発言が失礼なことに気付き慌てて謝罪したが、シャスターは笑いながら手を振った。
「属性の違いだけさ。イオは火炎系魔法の総本山だ。ただ、ここまでの凍氷の棺を作れるのは水氷系魔法でもかなり高レベルの魔法使いということ。だから、俺の火炎の魔法でも溶けないだけ」
「つまり、水氷系魔法の高レベルな魔法使いがここに現れて、フローレ嬢を助けたということでしょうか?」
話をまとめたラウスにシャスターはうなずく。
「普通の魔法使いでは、このレベルの魔法は使えない。しかも、ここまで巨大な氷を一瞬で凍らせるような規格外の魔法を使える者、そして俺の火炎の魔法でも溶けない氷をつくれる者は俺が知っている限り一人しかいない」
「その者は一体……」
「水氷系魔法の総本山、シーリス魔法学院の後継者だよ」
唖然としているラウスたちを気にも留めずに、安心したシャスターはもう一眠りするためにさっさと部屋に戻った。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
新しい後継者が登場しました。
シーリス魔法学院とは?
これからも色々と出てきますが、楽しみに読んで頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。




