第六十七話 希望に向かって
翌日、王都に着いた一行はラウスたちに出迎えられた。
一足先に戻った盗賊のギダから、フェルドでの詳細が聞かされたからだ。
「シャスター様、ありがとうございました」
ラウスが代表として、シャスターがフェルドの町を魔法で浄化してくれたことに感謝を述べる。
「そして、カリン嬢もフェルドの人々に祈りを捧げてくれて感謝する」
ラウスはカリンにも頭を下げる。
「そんな……当たり前のことをしたまでです。フェルドは私の故郷ですから」
「そうだな」
慌てるカリンをラウスは優しく微笑んだ。
カリンはフェルドでの悲惨な現実を受け止め、絶望することなく自分自身の力でしっかりと立ち直ることが出来たのだ。
心の強い、そして優しい娘だとラウスは思った。
「ところでラウス」
「シャスター様、何でしょうか?」
「明日、レーシング王国を発つことにした」
「!?」
シャスターの言葉にその場にいた全員が驚いた。
むろんシャスターはこの国の人間ではない、いつかは発つ日が来ることは当然と言えば当然なのだが、あまりにも急だ。
「この国はあなた様のおかげで生まれ変わることができました。もう少しこの国の行く末を見守って頂ければと思っていたのですが……」
しかし、それはワガママだとラウスたちは分かっていた。シャスターがここまでしてくれただけでも充分過ぎるのだ。引き留めることはできない。
「分かりました。シャスター様が決めたことです。我々に止める権利はありません。しかし、今夜は精一杯もてなさせて下さい」
その夜は新生レーシング王国を祝っての祝賀会が開かれた。急遽だったので豪華というわけではなかったが、それでもカリンからしてみれば見たこともない食べ物ばかりだ。
「いただきます」
食べ始めてしばらくして、カリンはシャスターがいないことに気付いた。
ラウスやエルマ、マルバスたちは国の高官たちと談笑をしている。他の人たちも各々話しに盛り上がっていた。これからのレーシング王国の姿を語り合っているのであろう。
しかし、会場のどこを見てもシャスターの姿は見当たらない。
(まさか、もうレーシング王国から出て行ったの?)
一瞬焦ったカリンだったが、明日発つと言ったシャスターが嘘をつくとは思えない。
それではどこへ行ったのか。
思い当たる場所は一つしかなかった。
「やっぱりここに居たんだ」
カリンは静かにその部屋に入った。謁見の間のすぐ裏にある部屋だ。
今までこの部屋は国王の休憩の場として豪華な装飾がなされていたが、それらは撤去され、派手さはないが清楚な部屋に作り替えられていた。
その部屋の中央にシャスターは座っていた。
目の前には大きなベッドがある。
「フローレ姉さんを見ていたのね?」
「ああ」
ベッドにはフローレが寝ていた。この部屋はフローレのために急遽作り替えられたのだ。
カリンもフローレを見つめた。
フローレの顔色は血色も良く、今にも目を覚まして起き上がりそうだ。しかし、フローレが目覚めることはない。肉体と魂が離れているためだ。
普通それを「死」と呼ぶが、フローラの場合、魂が肉体に留まっているため死んではいない。
それを「魂眠」と呼ぶ。
ただ、この状況が長くつづけば、魂と繋がっていない肉体は徐々に朽ちていくだろう。そうなれば、その後に魂と肉体が繋がっても手遅れになる。
だからこそ、シャスターは一刻も早く元に戻す方法を探すために、明日出立することを決めたのだ。
フローレを目覚めさせる期限まで時間があまりない。
(もって一ケ月……それまでに何とかしないと)
焦ってもどうにもならないのだが、何も出来なく不甲斐ない自分が腹立たしかった。
そんなシャスターの苛立ちに気付いたカリンは、フローレの顔を覗き込んで笑いかけた後、隣に座った。
「この数日の間でいろいろなことがあったね。騎士に襲われるところをシャスターに助けてもらって、それから傭兵隊からもフェルドの町を守ってもらった」
「……」
「さらにデニムからもフェルドを隠してくれて、さらにさらにレーシング王国を救ってくれた。本当にシャスターには感謝しているよ」
「カリン……」
「シャスターはさ、一国の命運を変えたんだよ。レーシング王国の人々の人生を幸せに変えてくれた。だから、フローレ姉さんひとり助けることなんて、シャスターにとって簡単なことだよ」
「……そうだな」
フェルドの時もそうだったが、この少女と話していると気持ちが楽になることをシャスターは感じていた。停滞してしまう気持ちが前向きになる。
(じいさんの言うとおり、俺もまだまだ子供だな)
シャスターは苦笑すると立ち上がった。
「お腹が空いたな。カリン、食べに戻ろうか」
「うん!」
二人は会場に戻る。
明日からの希望を胸に秘めて。




