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第六十六話 仲間と共に

 マルバスは空に昇っていく炎の魔法を見て衝撃を受けた。

 あまりにも桁外れの魔法だからだ。

 そして、まさか同じ場所で二度も驚くことになるとは思ってもみなかった。


(この少年が少し本気を出すだけで、レーシング王国は簡単に滅びるのだろうな)


 誇張ではない、紛れもない事実だ。

 もちろん、シャスターがそんなことをしないのは分かっている。しかし、できる力を持っていることは、それだけで充分に脅威だった。

 しかも、一個人の力で国を滅ぼせるなど常識を大きく逸脱している。


(これが、伝説のイオ学院の後継者の実力なのか)


 さすが七大雄国(セフティマ・グラン)と同格だと言われるだけのことはある。

 そんなことをマルバスはひとり真面目に考えていたが、ただしこの場にはそんなことを全く気にしていない連中の方が圧倒的に多かった。



「すげえな! シャスター様よ」


「あれは、何という魔法なのですか!?」


「シャスター様、俺にも魔法教えてくれよ!」


 傭兵たちが戻ってきたシャスターを取り囲む。傭兵たちはシャスターを仲間だと思っている。

 それはシャスターが騎士団長になっても、イオ魔法学院の後継者だと分かっても変わることはない。だからこそ気兼ねなど必要ないのだ。

 それがシャスターにとっては嬉しかった。



「それでは、そろそろ戻りましょう」


 いつまでも続きそうな傭兵たちの話を止め、マルバスは帰還の号令を出した。

 本来なら数日間かけてフェルドの作業を行う予定だったが、それも必要なくなった。そこでマルバスは騎士団をそのまま西領土の各地に留めて治安の維持に当てさせることにし、シャスターとカリン、マルバス、そして傭兵隊だけが王城に戻ることにした。


 しかし、このまま夜中駆けたとしても王城には明日の朝に到着することになる。そこで一行は西領土の領都ノイラに宿泊した。



 主人を失ったノイラ城だったが、街の方は今まで以上に活気があった。暴君だった領主デニムがいなくなったことを誰もが喜んでいる。

 シャスターたち一行は、深夜にも関わらず都市中の人々から歓迎を受けた。


「今夜は飲み明かしましょうぜ、シャスター様!」


「いや、俺は今日はいいや」


 シャスターは宿屋で休もうとしていた。フェルドのことで飲むような気持ちにはなれないからだ。

 しかし、そんなことは傭兵たちも当然分かっている。分かっているからこそ、シャスターを誘ったのだ。


「フェルドは西領土の中でも明るい町でね。貧しいながらもよく宴を開いていましたぜ。なぁ、嬢ちゃん?」


 突然、斧使いがカリンに話を振る。


「ん!? あぁ、そうね……みんな飲んだり踊ったり……騒ぐのが好きだったな」


 カリンは懐かしい表情で思い出した。シャスターが用心棒になった時も歓迎という名の大宴会を開いて、町中のみんなで飲み明かしていたのだ。


「だからこそ、フェルドのみんなの分も今夜は飲まないといけねぇ。シャスター様にはその責任がある!」


「シャスター様がしんみりとしていては、逆にフェルドのみんなは悲しむと思いますぜ」


「陽気に楽しく、フェルドを人々を弔いましょう」


 身勝手で無茶な言い分だが、彼らなりの気遣いなのだろう。

 カリンに目を向けると、彼女も微笑んでいた。


「……分かった」


「そうこなくちゃ!」


 傭兵たちがシャスターを酒場に連れていく。当然、カリンとマルバスも連れていかれた。

 前回一緒に飲んだノイラで一番大きな酒場だが、全員が入ると満席になってしまい、外にまで溢れるほどだ。


「新しいレーシング王国に乾杯!」


 傭兵たちは陽気に大声を出し笑って楽しんでいる。ギダも今日ばかりは何も言わない。

 シャスターやマルバスはその中心で傭兵たちに酒を注がれながら酔っている。



 そんなシャスターを遠くから見つめながら、カリンは隅の窓際でひとり静かに微笑んだ。窓の外には月が綺麗に浮かんでいる。


「みんなのおかげだよ。ありがとう」


 カリンは月に向けてグラスを傾けた。フェルドの人々への鎮魂の意味を込めてだった。

 今日のこの日があるのはフェルドの町のみんなのおかげなのだ。

 一口グラスに口をつけたカリンは再び月を見上げる。


 綺麗な月だ。

 綺麗過ぎて独りだと涙が溢れ出してきそうだ。


 そんなカリンの後ろから無言でグラスを重ねてきた人物がいる。


「星華さん!」


 カリンの驚きに星華が少し微笑んだように見えた。

 そして次の瞬間、星華はまるで最初からそこにいなかったかのように消えた。


「ありがとう、星華さん」


「おーい、カリン嬢、こっち、こっち」


 酔った傭兵たちがカリンに気付いて声を上げる。

 すると、近くにいた傭兵たちがカリンの両腕を取り、輪の真ん中へ連れていく。


「嬢ちゃんも一緒に飲みましょうや」


「はい!」


 カリンは照れながらもみんなの輪の中で楽しんだ。


 酒場はいつまでも喧騒に包まれていた。




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