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第六十五話 光の中に

 フェルドの町の中央広場でカリンは立ちつくしていた。


「こんなのって……」


 言葉が続かない。ただ、涙が溢れて止まらない。


 少女の後ろにはマルバスが立っていたが、彼も悲しい視線を向けていた。いや、彼だけではない。その後ろにいる騎士団や傭兵隊も同様だった。

 ラウスやエルマが心配していたことが現実となっていたからだ。



 町のほとんどの建物が燃え崩れており、無残な状態だった。ただ、そのことはカリンも分かっていた。

 彼女が立ちつくしていたのは、魔法の鏡(マジック・ミラー)で見た以上に、悲惨な光景が広がっていたからだ。


 広場のあちらこちらに住民の遺体が横たわっているが、原形を留めているものは一つもなかった。

 黒く炭素化した遺体は風が吹くたびに四方に崩れ去っていき、多くの遺体は町中にススとなってばら撒かれている状態だった。これでは遺体を運んで埋葬することなどできない。

 この世のものとは思えない、地獄絵図のような悲惨な光景だった。



(やはり、こうなっていたか)


 マルバスは心の中で呟いた。

 彼もラウスやエルマ同様に分かっていた。

 フェルドが燃えたのはただの火事ではない。多くの魔法使い(ウィザード)が炎を放ったのだ。遺体がまともに残るはずがなかった。

 しかし、カリンは自分の目で見なければ、信じないだろう。

 だからこそ、残酷だと分かった上でラウスはカリンを送り出したのだ。



「カリン殿、あとは我々に任せてもらえないだろうか?」


 マルバスは一人ひとりの埋葬ではなく、ススとなってしまった住民たちの遺体をまとめて埋葬しようと思っていたのだ。


「貴女は戻ったほうがいい」


 誰の遺体なのかも分からない、ススになってしまった住民たち、それはカリンにとってあまりにも残酷過ぎる光景だった。

 そこでマルバスは数人の騎士を護衛にカリンを王城に帰そうとしたのだ。


 しかし、カリンは泣くのをやめるとマルバスの提案を断わる。


「私も手伝います!」


 誰だか分からなくなってしまっても、カリンにとって大切なフェルドの人たちだ。


「それがフェルドの町長の孫としての、そして唯一生き残った者の務めです」


「……そうか」


 決意が固いことが分かったマルバスは、それ以上何も言わなかった。


「それでは、始めるぞ!」


 四千人が住んでいた町だ、誰もが作業に長い日数がかかることを覚悟していた。



 そんな状況の中、マルバスたちの前にひとりの少年が現れた。



「俺も手伝っていいかな?」


「シャスター様!? どうしてここに……」


 突然の登場に驚いたマルバスだったが、しかし、よく考えれば一番責任を感じているのはこの少年なのだ。


 幻影の炎がフェルドを包んだ時、その場にマルバスもいた。

 目の前で見ていた彼でさえも、炎が幻だとは見抜けなかった。であれば、魔法の鏡(マジック・ミラー)越しに見ていた者たちが気付くはずがない。

 だからこそ、オイト国王が気付いたのは不運が重なっただけで、それでシャスターを責める者はいないはずだ。


 シャスター自身を除いて。



「マルバスさんから聞いたけど、デニムがフェルドの町を全滅させようとしていたのをシャスターが幻の炎で助けてくれたのでしょ?」


 カリンもマルバス同様に、シャスターに責任があるとは思っていない。

 昨日、ラウスが話したようにシャスターがいたからこそ、レーシング王国は生まれ変わることができたのだ。カリンも心からそう思っている。



 しかし、シャスターは悲しい目で廃虚となった風景を眺めていた。


「でも、結局は俺のせいで死なせてしまった。フェルドのみんなに申し訳ない」


 フェルドの悲惨な光景を直接目の当たりにして、シャスターは再び後悔の念に駆られているようだ。

 そんなシャスターを見て、カリンは語気を強めた。


「そこまでシャスターが責任を感じないで! それじゃ、一人だけ生き残ってしまった私はどうなるの?」


 カリンの厳しい叫び声は、自分自身を責めているシャスターを立ち直させるため、敢えて叱咤した優しさだった。

 そのことにシャスターはハッと気付く。


 そうだ、カリンはフェルドを背負っているのだ。

 そしてこれからもずっと背負って生きていくのだ。

 一番辛いのはカリンなのだ。

 そんなカリンの気持ちも考えないで、自分は勝手に感傷に浸っているだけだ。



 自分自身の不甲斐なさを振り払うかのように、シャスターは両手で思いっきり頬を強く叩いた。



「カリン、ごめん」


 シャスターは素直に頭を下げる。


「ううん、私も言い過ぎた。ごめんなさい」


 カリンは謝りながらも、いつものシャスターに戻ってくれたことが嬉しかった。


「俺に手伝い……いや、フェルドのみんなのことを任せてもらってもいいかな」


「もちろん! でも、どうやって?」


「遺体を埋めるのではなく天に還そうと思う。みんなの魂も一緒に」


「うん、分かった。お願いする」


 天に還すとはどういうことだろうか、カリンには分からなかった。しかし、シャスターに全てを任せた。

 彼を信頼していたし、なにより町のみんなもそれを望んでいるように思えたからだ。


「マルバスさんもシャスターに任せていいですよね」


「あぁ、もちろんだ」


 町の当事者であるカリンが、それを望んでいるのなら反対する理由がない。それ以上に、イオ魔法学院の後継者の意見に反対などできようはずもない。


「シャスター様、お願いします」


 マルバスは深く頭を下げると、自身と共に騎士団と傭兵隊を町から出させた。

 さらに以前に魔法の鏡(マジック・ミラー)を設置した小高い丘に全員を待機させる。


 これで町に残ったのはシャスターとカリンだけになった。



「カリンは死者への祈りはできるよね?」


「もちろん。一応、神官見習いだからね」


「それじゃ頼む」


 そう言うと、シャスターはカリンと一緒に町の外に出て、しばらく距離を取る。


「このくらいでいいかな」


 立ち止まると、シャスターは町に向かって両手を向けた。


浄化の光炎(プルガティオ・フラマ)


 叫ぶのと同時にシャスターの両手から、眩い光の波動が渦となって放たれる。

 その光の渦はフェルド全体を包み込むと、今度は空に向かって一気に流れ始めた。


 それはまるで、町全体を飲み込むほどの巨大な光の滝が、天に向かって逆流しているような光景だった。

 あるいは、巨大な光の噴水と言うべきだろうか。



「これも……魔法……なの?」


 あまりにも壮大な光景に、カリンは声を出すのがやっとだった。光の滝は遠くに見える山脈よりも高く放たれているように見える。


「浄化の炎の光だ。フェルドの町を浄化し、人々の魂を天に還してくれる」


 シャスターの両手からはもう光の波動は出ていない。しかし、町への魔法は消えずに、まだ光り燃え続けている。


「この魔法は七日間、光り続ける。浄化されたフェルドの跡地からは、草木が生えて豊かな緑が戻ると思う」


 これがシャスターの償いだった。カリンにしてみれば充分過ぎることだ。


「きっと町みんなも喜んでいるよ」



 カリンは光の滝に向かって祈りを捧げた。


 すると光の波動がまるで兄や祖父、それに町の人たちの顔に見えてくる。


 みんな笑顔だ。


 もちろん目の錯覚だろうが、それでもカリンは嬉しかった。


(町のみんな、レーシング王国は生まれ変わるよ。みんなのおかげだよ。だから、これからも空からこの国を見守っていてね)



 しばらくの間祈りを続けていたカリンだったが、彼女の心の中で踏ん切りがついたのだろう。


 後ろにいるシャスターへ振り向いたカリンは明るく笑った。


「シャスター、戻ろう!」




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