第六十四話 帰郷
一夜明けた王城バウムはてんやわんやの忙しさだった。
ラウスの即位が発表され、同時にオイトとデニムの死も公表された。
当然ながら城内の者たちは驚いたが、ほぼ好意的に受け止められた。なぜなら西領土同様に、王領もオイトの圧政に苦しんでいたからだ。
しかも、一番反旗を翻すと思われたウルたち王領騎士団がラウスを国王と認め誓約したのだ。
これにより王領内でラウス即位に意を唱える勢力は皆無となった。
ただ、一部の家臣たちは戦々恐々としていた。オイトとの陰で私腹を肥やしてした者たちだ。
「父の息のかかった家臣たちは自宅謹慎だ。ウルよ、俺には家臣の区別がつかぬ。任せてもよいか?」
「御意」
すぐにウルは主だった家臣たちに自宅での謹慎を命じた。騎士も見張りにつけ、完全な軟禁状態にした。いずれ、ラウスが厳正な処分を下すことになるであろう。
これらのことを当日に終わらせたラウスの手腕はなかなかのものだった。
夕方になり少し落ち着いてきた頃、ラウスは玉座に座っていた。人心を安心させるのには、国王が玉座に座っていることが一番だからだ。
「あの娘は、そろそろ着いた頃だろうか?」
「先ほど同行しているマルバス殿と連絡が取れました。フェルドの町に着いたとのことです」
「そうか……」
ラウスの顔は曇っていた。マルバスに嫌な役目を押しつけてしまったことを後悔しているからだ。
午前中のことだ。ラウスの所へカリンが現れた。
すでに膨大な作業をしていたラウスだったが、その手を止めて少女に向き合う。
「ゆっくりと休めたかな?」
「はい、ぐっすり寝れました」
嘘だった。
深夜に城に到着してからまだそれほど時間は経っていない。
昨日深い悲しみに襲われた者が休むのには短すぎたが、カリンは笑顔で応えた。
「ラウス国王、お願いがございます!」
「聞こうか」
「今からフェルドに行くことをお許しください」
カリンも昨夜魔法の鏡でフェルドの町の状況を見た。もう誰も生きてはいないことも分かっている。
しかし、だからこそ町の人たちを埋葬したいことを申し出たのだ。
「……分かった。ただ、埋葬するのには人手が必要だな」
「その役目、私にお与えください」
ちょうどその場にいたマルバスがラウスに願い出る。
「どうも私には王城の居心地が悪く、部下たちも早く故郷に帰りたがっていますので」
これもまた嘘だった。
フェルドを守れなかったことを西領土の騎士団としてマルバスも後悔していた。だからこそ申し出たのだ。
そしてラウスもそれを分かっているので了解した。
「マルバス、頼む」
「はっ!」
「それじゃマルバス殿、ついでに俺の部下たちも一緒に連れて行ってくれないか?」
マルバスが振り返ると、そこにはエルマが立っていた。
「エルマ殿!」
「傭兵というのは戦うことしか取り柄がない。奴らがここにいても何の役に立たないが、埋葬なら力仕事だ」
「エルマの言う通りだ。傭兵隊も連れて行くがよい」
ラウスもエルマの意見に同意したので、マルバスは頭を下げた。その横でカリンも頭を下げる。
「カリン殿、馬は乗れるか?」
「子供の頃から乗っているので、人並み以上には乗りこなせます」
「よし。それでは、すぐに出発するぞ!」
マルバスとカリンはそのまま退出した。
それを見届けながら、ラウスは軽くため息をついた。
「どう思う、エルマ?」
「誰も生きていないことはカリンも分かっています。現実を受け入れるために行ったのでしょう」
「だろうな。気丈に振る舞う、心の強い娘だ」
だからこそ、ラウスはカリンがフェルドに行くことを許可したのだ。
そして、そのことはマルバスも理解していたので、カリンとの同行を申し出たのだ。
そんなカリンたちがフェルドの町に着いた報告をエルマから受けたのだ。
ラウスはカリンが無事で帰ってくるように心の中で祈った後、話題を変えた。
「シャスター様はまだお休み中か?」
「まだ部屋から出てきていないのでおそらくは……」
エルマが言いかけたところで、従者が血相を変えて飛び込んできた。
「大変でございます。シャスター様の部屋がもぬけの殻です」
シャスターの身の回りを仰せつかった従者だったが、夕方になっても部屋から出てこないので、さすがに心配して扉を開けてみたところ、部屋には誰もいなかった。
従者は慌ててラウスに伝えにきたのだが、ラウスは心配するどころか微笑んでいる。
「行ってくれたのだな」
「はい、これで大丈夫だと思います」
二人の会話の意味が分からない従者はただ呆然とするだけだった。




