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第六十三話 絶望と希望

 今度はシャスターが驚き慌てる番だった。

 急いでフローレが置かれている場所に走り出す。


 後からカリンたちもついて来た。誰もが驚きながらもフローレが生きていることに喜んでいた。


「フローレ!」


 シャスターはフローレを抱き抱える。

 しかし、反応がない。


「フローレ姉さん!」


 カリンも呼び続けるが、同じく反応がない。


「どうやら魂眠(こんみん)に陥っているようです」


魂眠(こんみん)って?」


 星華の説明にカリンはキョトンとしているが、シャスターは喜びから一転、悲痛な面持ちになっていた。



「以前、文献で読んだ記憶があります。たしか魂は身体に留まったままだが、魂と身体が分離し結合していない状態……それが魂眠(こんみん)


「その通りだ」


 ラウスの説明をシャスターが肯定する。


 魂も身体もあるので死んではいない。心臓も動いている。

 しかし、死んでいないだけであって、フローレの魂は身体と結合していないのだ。


 おそらく星華がフローレに回復ポーションを使っていた時、すでにフローレの魂は身体から引き離されていた。しかし、無数に使った最高級のポーションのおかげで身体だけは回復して、天に飛び立つはずのフローレの魂を一時的に身体に繋ぎ止めることに成功した。

 だからこそ、フローレはシャスターやカリンと最後の会話ができた。

 だが、逆にそのせいでフローレの魂は天に飛び立つ機会を逃してしまい、魂が身体と分離したまま身体の中に閉じ込められてしまったのだ。



「シャスター様、助ける方法はあるのですか?」


 ラウスが読んだ文献では助ける方法は書いていなかった。しかし、シャスターなら知っていると思い尋ねたのだが、少年は頭を横に振った。


「俺も知らない。というより、魂眠(こんみん)を戻す方法を聞いたことがない」


 シャスターのやりきれない表情を見て、その場にいる全員が否応無しに理解した。

 伝説のイオ魔法学院の後継者でさえ、助ける方法を知らないのだ。それはつまり、フローレを助ける方法はないということを意味していた。



「へぇー、シャスターにも知らないことがあるんだね」


 誰もが沈痛な中、ひとりだけ場違いに明るい表情の少女がいた。カリンだ。


「シャスターのことだから簡単に治せちゃうのかなって思ったんだけど」


「カリン!」


 こんな時に冗談とは……シャスターはカリンの心情が読めなかったが、次の瞬間ハッとした。


 こんな状況でもカリンは笑っていたのだ。



「だって、フローレ姉さんは死んでいないのでしょ?」


「……ああ」


「私はフローレ姉さんが死んだと思って悲しかった。でも、死んでいないのなら、それだけでとても嬉しい! だって、いつかまた一緒に過ごせる日が来るということだから」


 カリンの笑顔を見てシャスターは鈍器で頭を思いっきり叩かれたような気分になった。自分の固定観念だけで諦めようとしていた愚かさに気付かされたからだ。


「……そうだね、死んでいないだけでも幸運と思わないと」


「そうだよ! それにシャスターが助ける方法を知らないのなら、知っている人を探しに行けばいいだけだよ。だってシャスターは旅人でしょ?」


 シャスターの目の前が開けた。

 そうだ、自分は大陸中を旅しているのだから、その目的の一つにフローレを助けることを入れてもいいのだ。


「その通りだ! カリン、ありがとう」


 シャスターの気持ちが切り替わった。フローレを抱き抱えて立ち上がる。


「ラウス、夜も更けてきたし、今夜どこか休む所ない?」


「ここからだと王城バウムに戻るのが一番安全かと思います。早速手配します」


 それからは慌ただしかった。

 取り敢えず、国王軍とラウス軍の騎士たちはこの場にテントを張らせ、今夜はそのまま休ませることにした。明日からは戦場で死んだ者たちの埋葬が始まる。


 ラウスは王領騎士団長ウルに命じ、シャスターたちを王城で出迎えるための準備として一足先に向かわせた。

 ウルはラウスを国王と認め、指示に素直に従った。オイト自身がラウスに王位を譲ったのは紛れもない事実であり、空に映った映像を通じて全軍が見ているからだ。

 しかし、それだけの理由ではなく、今までとは真逆の国王に仕えることに満足感も得ていた。


 ウルが去ってから今度はラウスとそれに付き従うエルマも王城に向かった。王城ではまだ国王の交代劇を知らない。先に向かったウルが話すだろうが、それだけでは説得力に欠けると思い、ラウスも早々に出発したのだ。


 シャスターはその間にフローラを馬車に乗せていた。



「こうやって見ると、今にもフローレ姉さん起き上がりそうだよね」


「ああ」


 カリンにつられてシャスターも笑う。

 さっきまでの悲壮感が嘘のようだった。新しい希望ができたからだ。


「シャスター様、準備が整いました」


 馬車の帆を開けて、マルバスが顔を出す。その後ろには傭兵隊の見知った顔たちも見えた。


「へへへ、王城までの護衛は俺たちに任しておいてくだせぇ」


「しっかりと守りますから安心してください」


「しかし、まぁ俺たちよりも強いのに護衛が必要なのか分かりませんがね」


 斧使い、二刀流、大剣使いが顔を出して笑う。


「お前たち、生きていたのか!」


 シャスターも一緒に笑った。


「当たり前ですぜ。幾多の戦場で生き抜いてきたんだ。この程度で死んでたまるか……おっと、死んでたまりませんです」


 微秒な敬語に言い直した斧使いに、またしても笑いが起きる。


「ほら、お前たち、そのくらいにしておけ。シャスター様、我々がしっかりと護衛しますので、ご安心ください。ただかなり速度を出しますので、馬車の中はお気をつけください」


 マルバスも頬を緩ませながら頭を下げた。


「うん、みんなよろしく」



 シャスターとカリン、そしてフローレを乗せた一行は月の光に照らされながら王城バウムへ向かった。



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