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第六話 三対一の戦い

「なんだー 貴様は!?」


 先頭にいた傭兵が馬の上からシャスターをまじまじと睨みつける。

 昨夜闘ったゲルを更に一回り大きくした筋肉の塊のような大男で、武器の斧をシャスターに向ける。

 しかし、少年は全く動じていない。


「この町の用心棒さ」


 あっさりと答えると、そのまま傭兵たちの間を抜けながら中心に向かって歩き出す。

 穏やかな表情で気楽に歩いているシャスターとは対照的に傭兵たちは全員がシャスターを睨みつけている。


 防壁の上から見ていたカリンは生きた心地がしなかった。

 どう考えても殺されてしまう。


 だが、傭兵たちは誰もシャスターを襲い始めない。ただ睨みつけているだけだ。

 シャスターはそのまま傭兵たちの中心に辿り着いた。



「ほぉ、お前が噂の少年か。ずいぶんと肝が据わっているな」


 ひとりの男が傭兵たちの中から現れた。

 先程の大男ほど大きくはないが、傷だらけの引き締まった褐色の身体を見るだけで、この男が歴戦の猛者だと分かる。

 さらにこの男は重層な防具を身につけていて、腰につけている剣が微かに青く光っている。


 明らかにひとりだけ格が違う傭兵、おそらくこの男が傭兵隊の隊長なのだろう。


「しかし、まだまだ子供だし、体格も華奢そうだな」


「人を見かけで判断しない方がいいよ」


 シャスターは笑いかけた。


「……そうだったな。お前が騎士たちを倒したのだからな。おっと、俺は傭兵隊の隊長をしているエルマだ」


「俺はシャスター」


 互いに簡単に名乗りあう。


「それにしても本当にお前が騎士たちを倒したのか?」


 エルマ隊長はまだ半信半疑らしい。


「試してみる?」


 今度はあえて挑発的な笑いをする。

 しかし、残念ながらエルマは挑発には乗らなかったが、代わりに三人の傭兵がシャスターの前に立ちはだかる。

 一人は最初にシャスターに声をかけた斧使いの大男だ。残りの二人は二刀流使いと、大剣を背中に掛けている傭兵だった。


「隊長、この生意気な小僧にはお仕置きが必要のようだぜ」


「この少年を血祭りに上げて、前哨戦としましょう」


「さっさと殺しちゃいましょうや」


 三者三様、残忍な表情でシャスターに襲いかかろうとしている。


「何人もの騎士を倒した少年だ。油断はできんぞ」


「あんな弱っちい騎士どもを何人倒したところで、俺たちには敵いませんぜ」


「ふん、好きにしろ」


 エルマ隊長のこの言葉が戦闘開始の合図だった。



 獲物を狙う猛獣のように三人はシャスターに素早く襲いかかった。しかも、ただ襲いかかるわけではない。三人とも攻撃のタイミングをうまく合わせて、それぞれが邪魔にならないようにしている。


 シャスターが斧使いの攻撃を上手く避けても、その先では大剣使いが待ち構えており、さらにそれを避けても今度は二刀流使いが攻撃を仕掛けてくる。

 まるでシャスターの動きを読んでいるかのような攻撃であり、さすが実戦慣れした傭兵たちだった。

 三人の連続した攻撃にシャスターは防戦一方になっていた。


 というより、自分の武器を持っていないシャスターは攻撃することも出来ずに、避けることしか出来ない。



「一体、アイツは何を考えているの……」


 防壁の上から見ていたカリンは唖然とし、次に怒りが込み上がった。

 この生死を賭けた戦いでシャスターは剣を持っていなかったのだ。

 確認しないで見送った自分にも責任はあるが、まさか何も持っていないとは思わなかった。

 カリンの背中に冷や汗が流れる。


 しかも、シャスター自身も戦い始めてから迂闊にもそのことに気づいた。


「ねぇ、隊長さん、剣を貸してくれない?」


「持っていない貴様が悪い」


 ぐうの音も出ない正論を言われて、シャスターは三人からの攻撃を避け続ける。反撃する機会も伺っているようだが、三人にはその隙が全くなく苦戦をしている。



「俺たちの武器を奪ったらどうだ? 昨日のように」


 昨日の農作業小屋での出来事は彼らにも伝わっているようだ。当然、シャスターは武器を奪い反撃する機会を伺っているが、三人には全くその隙がない。

 カリンの目から見ても昨日の騎士とは明らかに実力が違う。


「だから無茶だと言ったのに……」


 今更言っても仕方がないことは分かっているが、ここまで傭兵が強いとは思ってもいなかった。

 弓を射ろうともしたが、混戦の中ではシャスターに当たってしまう可能性も高い。


「大丈夫だ。シャスターさんを信じよう」


 フリットが妹の肩に手を置く。その手は汗で濡れている。兄もシャスターのことが心配なのだ。だか、その素ぶりを見せないようにしている。自分が不安な気持ちでいれば、ここにいる皆にもそれが伝わってしまう。


「そうだね。シャスターなら大丈夫!」


 カリンも明るく激励するよう努めた。


「おーい、シャスター! 早くそんな奴ら、ぶっ倒しちゃいなさいよー!」


 カリンがシャスターに聞こえるように大声を上げる。その声を聞いて、傭兵たち全員がカリンに鋭い視線を向ける。百人以上の屈強な男たちの威圧感は凄まじい。

 それでも少女は屈しなかった。


「あなたなら、そんな奴ら楽勝でしょー!」


 カリンは叫び続ける。当然、シャスターにも聞こえていた。

 少年はくすっと笑いを噛み締める。


「なんかさー、吟遊詩人の歌に出てきそうな場面だよね」


「なに!?」


 シャスターの訳の分からない感想に斧使いが応える。


「いや、だからさー、悪者から町を守る為、戦って苦戦している若者に、町の少女が声援を投げかけるって話さ」


 シャスターが無意味な想像の翼を広げている間も激しい攻防は続いている。

 しかし、ここにきて三人の傭兵は違和感を覚えてきた。

 すでに戦いが始まってかなりの時間が経過しているが、これほど激しい攻撃をしているのに少年に傷一つ付けるどころか身体にカスリさえしていないのだ。



「そして、若者は少女の声援で勇気を貰って悪者たちを倒して町を守る……やはり吟遊詩人の歌にありそうだよね。でも、逆にありきたり過ぎて新鮮味がないかな。うーん、こういう場面では、吟遊詩人はどういうふうに脚色を付けるんだろうね」


 無駄口を叩いている間も三人は攻撃を仕掛けているが、少年には当たらない。


「そもそも、カリンが吟遊詩人の歌に出てくる少女のイメージとはかけ離れているしな。あんな大声で叫んだりしないよね」


 ひとりで勝手に問答しながら笑っている少年に、三人は何も応えなかった。

 少年の妄想がくだらなかったから返答しなかったわけではない。


「なぜ、この状況で普通に話すことができるのだ!?」


 代わりに応えたのはエルマ隊長だった。

 周りの傭兵たちも信じられない表情でシャスターを見つめている。


 あり得ないことだ。



 こんなにも激しい戦いをしながら、息を切らせることもなく流暢に会話ができる。しかも汗ひとつかかずに平然とした表情で。

 普通なら体力消耗とそれに伴う激しい呼吸のせいで、話すことすらままならないはずだ。

 それができるということは、つまりこの少年は全く本気を出していないということだ。


「これほどの実力者とは……」


「少しは分かってくれた?」


 戦いの最中にも関わらず、シャスターはエルマ隊長に顔を向けた。


「ああ……分かった」


 エルマ隊長の言葉を聞いて、シャスターは一気に攻勢に出た。飛び込んできた二刀流使いの手首を手刀で叩くと、落ちた剣を瞬時に掴み、そのまま柄の部分で相手のみぞおちを突く。


「ぐふぁ!」


 そのまま二刀流使いは倒れ込んだ。


「なっ!?」


 残りの二人が一瞬怯んだ隙をシャスターは見逃さず、大剣の男に飛び込む。

 慌てて男は大剣を振るうが、シャスターの動きには追いつけず空振りした剣が宙を舞う。その間にシャスターは後ろに回り込みながら、剣で思いっきり男の背中を叩く。

 剣を斬るのではなく打撃として使ったのだ。男が着ていた鎧は大きくへこみ、男はそのまま前に倒れ込んだ。


「貴様―!」


 最後の大男、斧使いが怒り狂って、斧をシャスターの頭上に落とす。しかし、シャスターは倒れている男から大剣を素早く取りあげると斧からの攻撃を防いだ。

 ガチャンと大きな音を立てて、斧と大剣がぶつかり合う。



「……嘘だろ」



 どこからか驚きの声が漏れた。

 周りを囲んでいる傭兵たちは全員が唖然としている。


 防壁から見ているカリンたちも唖然としている。



 彼らの視線の先にあるのは、もちろんシャスターと斧使いだった。その光景は斧使いの斧とシャスターの大剣がぶつかり合った姿を映していた。


 ぶつかり合ったままで、両者とも全く動かない。


 しかし、二人は両極端だった。



 大男が斧を両手で思いっきり押し込んでいる。歯を食いしばり顔を真っ赤にして、最大の力を込めているのだろう。


 一方、シャスターは大剣を右手だけで掴み斧を防いでいる。大剣の元々の使い手が両手で使っていた大剣を片手だけで。

 しかも、全く力を入れていないかのように涼やかな表情で。



「あり得ない……」


「あいつは何者だ!?」


 傭兵たちはシャスターに畏怖を感じていた。

 彼らにとっては強さこそが全てであるが、その彼らにとって目の前にいる少年は強さの次元が全く違うことを見せつけている。



 徐々に両者の均衡が崩れてきた。


 互いに拮抗していた斧と大剣は少しずつ大剣が押し始めたのだ。しかし、当然といえば当然だった。最大の力を出している大男と力を出していない少年……傭兵たちを含めてここにいる全員がすでにこの戦いの結果が分かっていた。



 そのあと勝負は一瞬でついた。


 シャスターは一度大剣を自分の胸元まで引くとすぐに再び強く押し戻した。その反動で体勢を崩した大男にすかさず大剣でみぞおちを叩いたのだ。

 大男は金属の甲冑を着けていたが、あまりにも強い衝撃のためみぞおちの甲冑部分が割れ、その衝撃は大男にも届いた。

 大男は白目をむきながら倒れ込んだ。




 辺り一面を静寂が包み込む。

 この場にいる全員は驚愕のあまり固まってしまい、誰一人言葉を発することができないでいる。

 目の前で起きた信じられない光景をどう理解すれば良いか分からない。



「三人とも手加減したから気絶しただけだよ」


 シャスターは平然として大剣を地面に置くと、エルマ隊長に説明をした。



「……あれで、手加減だと!?」


 しばらくしてから、やっとのことでエルマ隊長は声を絞り出すことができたが、他の者たちはまだ声を出すことさえできない。


 終盤にはシャスターが勝つと誰もが分かっていた。

 それでも目の当たりにすると誰も声を出せないのだ。

 華奢な少年が筋肉隆々の大男に勝つ……そんな信じられない光景を見ると、人は声さえも出せなくなるのだ。昨夜ゲルの件で似たような光景を見た町人たちでさえ、声を出せないでいた。



 それほどまでにシャスターの戦い方は神がかっていたのだ。



「これで強さを分かってもらえたよね」


 シャスターはエルマ隊長のもとへ向かおうとする。

 だが、やっと正気に戻り始めた大勢の傭兵たちに遮られた。


「き、貴様ー、いい気になるなよ」


 傭兵の誰かがやっとのことで声を出した。その声はわずかに震えていた。しかし、誰もその声を馬鹿にすることはできなかった。

 さらにその声を合図に、シャスターの前に傭兵たちの壁が出来上がる。傭兵たちの脳裏にはシャスターがかなりの強者であると強烈に焼き付かされた。


 当然ながら、傭兵たち一人ひとりでは到底敵わない。しかし、彼らは百人もいる。いかにシャスターが強くても人海戦術によって疲れさせれば、いずれ勝てるだろう。勇敢にも傭兵たちは全員でシャスターに倒すことを決めたのだ。


「それじゃ、全員一斉にかかってきていいよ」


 傭兵たちの心を読んだかのように、シャスターは先ほど倒した二刀流使いの剣を両手で掴む。


「二刀流なら二倍の速さでここにいる全員を片付けることができるからね」


「ふ、ふ、ふざけるなー!」


 怒りに身を任せた傭兵たちがシャスターに飛び込む。


 その時だった。



「お前たち、やめろ!」


 その瞬間、今まで血気盛んだった傭兵たちの動きがピタリと止まる。しかも全員がその場で武器を収める。

 声の主であるエルマ隊長が歩きだす


「シャスター……だったな。お前の強さはよく分かった」


 シャスターの前で立ち止まると、エルマ隊長は傭兵たちを見回した。


「百人の傭兵たちをひとりで倒す……ハッタリではないようだ。残念ながら、お前たち全員が掛かってもこの少年には勝てない」


 傭兵たちは反論をしようとするが、エルマ隊長の鋭い眼光の前では誰も声が出ない。


「だからここは一騎打ちといこうじゃないか」


 エルマ隊長は青白く薄く光っている剣を抜く。

 光っているということは魔法の効果が付与されている魔法の剣(マジック・ソード)だということだ。


 魔法の武器は普通の武器と比べて格段に攻撃力が高い。

 ただし、その分貴重な武器であり、ここにいる傭兵たちの中で持っているのはエルマ隊長だけのようだ。


 隊長自らが一騎打ちを持ちかけてきたのだ。シャスターとしては絶好のチャンスだ。この誘いに乗らない筈がない。



 いつのまにか、シャスターとエルマ隊長の周りには誰もいなくなっていた。二人が戦いやすいように傭兵たちが立ち退いたのだ。

 そして、誰もがこれから始まる激闘の瞬間を息を飲んで見つめていた。



「それじゃ、始めるとするか」


 エルマ隊長が剣を構える。


 二人の戦いが今まさに始まろうとしていた。



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