第五十九話 格の違い
シャスターはラウスに視線を移す。
「ということだ。あとの判断はラウスが決めればいい」
突然振られたラウスだったが、すぐにシャスターの意図を汲んで大声で叫んだ。
「両軍ともよく聞け! オイト国王が私に国王の座を渡された。今から私はレーシング王国の国王である。全員剣を収めよ、もう戦うことは許さぬ、和平こそ私の望みだ!」
ラウスの声はマジックアイテムを伝って全軍に映像と共に響いた。両軍の兵たちはラウスの命令に従い剣を収める。
「これでよろしいでしょうか? シャスター殿」
ラウスはシャスターへの言葉遣いを父に倣った。
父オイトとって最も大切なこの国の玉座を譲れと命令できる、しかも傲慢不遜な父がその命令を反論なしに承知しなくてはならない程の人物……それが目の前にいる少年だからだ。
しかし、少年のおかげでこれ以上戦力を失うことなく王位に就くことができるのも事実だった。
「俺に聞く必要はないよ。この国の国王はラウスになったのだから。少し変則的な譲位になってしまったけど」
何はともあれ、この国は新しく平和な王国に生まれ変わるのだ。
「オイトの件はラウスに任せる。さてと、俺はこれで……」
「火炎球!」
それは突然のことだった。
土下座をしたままのオイトの掌がシャスターの顔に向けられると、そこから炎が吹き荒れたのだ。
あまりにも突然のことでシャスターも反応できなかった。シャスターの身体を炎が激しく燃え盛る。
「ふははははっ。いくら儂よりも高レベルの魔法使いでも、さすがにこの至近距離では避けることも無効化することもできまい」
オイトの卑劣な裏切りだった。
「シャスター!」
カリンが駆け出そうとするが、星華に腕を掴まれる。
「星華さん、離して!」
必死のカリンだったが、星華は静かに首を横に振った。
その間にも炎は激しく燃え続けている。あれではシャスターは生きていないだろう。
「父上、あなたという人は!」
ラウスは父にここまで憎しみを感じたことなかった。こんな卑劣な裏切り行為をしてまで勝ちたいのか。
「何とでも言うがいい。ラウスよ、お前なんぞにこの国を渡すものか。この国は儂のものだ!」
燃え盛る炎を見ながらオイトは立ち上がると、もう一度大きく笑った。
「この小僧も馬鹿だな。儂の言葉を本気にするなど、イオ魔法学院の魔法使いとして実力があっても、所詮ガキはガキということだ。あははは……」
「言いたいことは、それだけか?」
「ははは……はぅ!?」
炎の中から聞こえてきた声にオイトは笑いを止めた。
「ば、ば、ば、ばかな……」
「馬鹿はお前だよ。レベル八程度の魔法使いが顔の前で魔法を放ったぐらいで、俺を殺せると思っているの?」
燃えていた炎が一気に消えると、その中からシャスターが現れた。
しかも、今まで燃えていたのが嘘かのように全くの無傷だ。
「ひぃー!」
オイトは全力で逃げ出した。
その背姿を冷たく見つめた後、シャスターはラウスに鋭い視線を向ける。
それに気付いたラウスは申し訳なさそうに頭を下げ了解の意を示した。
「まったく、最後の最後までやることが卑劣だな……」
シャスターは再び視線を戻すと、すでにかなり遠くまで逃げているオイトに向けて右手をかざす。
その瞬間、オイト動きが止まった。
「な、何だ、これは!? 身体が動かない!」
オイトは走り出そうとするが、まるで金縛りにあったかのように指一本さえも動かせない。そんなオイトの足元が光り輝き始めたかと思うと、彼を中心にして地面に巨大な魔法陣が現れた。
さらにその魔法陣は空中に浮かび上がり、それと共にオイトの身体も地面から離れる。
「た、助けてくれー!」
オイトは悲鳴を上げたが、魔法陣はさらに上がり続けて平原の周りに広がる樹木よりも高い位置で止まった。
「あれもシャスター殿の魔力なのか?」
もう何が何だか分からなくなってきているラウスたちであったが、その答えを持っている者はいない。
いや、ひとりだけいた。
カリンを守っている星華という少女だ。
「すまない。星華殿、教えて欲しい。シャスター殿は一体何者なのだ?」
イオ魔法学院に関係があることは分かった。しかし、それ以外のことは全くの謎だ。
星華は軽くラウスに目を向けただけで、すぐにシャスターがいる場所に視線を戻した。先ほどから星華だけは誰とも会話せず目も向けず、一線を引いている状態だった。
だからこそ、ラウスたちも敢えて近づこうとはしなかった。
やはり何も話してくれないか、誰もがそう思ったのだが。
「十年前のイオ魔法学院について、ご存知ですか?」
静かに星華が尋ねてきた。驚いたラウスだったが、すぐに知っている情報を話す。
「ああ。十年前に突如として、イオ魔法学院が門戸を開いたことは知っている。それまで伝説の存在であった魔法最高峰のイオ魔法学院が本当に実在し、さらに門徒を募ると聞いた時は私も胸をときめかせたものだ」
残念ながら、父のオイトがイオ魔法学院に向かうことになり、ラウスは行くことができなかった。
そして、一年後戻ってきたオイトからは自分がイオ魔法学院の門徒として選ばれたことを自慢げに話すことを何度も聞かされていた。
「イオ魔法学院に門徒希望者が五千人も来たが、試験に合格したのはわずか百人程度だったと聞いている。父も合格したからこそ、その後魔法使いになれたのだが」
「シャスター様も合格した百人の中の一人でした」
星華は短く答えた。
「やはり、シャスター殿も合格者だったのか!」
しかし、それならば父とシャスターは同期だ。あんな一方的な侍従関係になるはずがないし、そもそも魔法使いとしての実力が桁違いだ。
そんな疑問に思ったラウスの心を察するかのように星華は話しを続けた。
「百人の門徒には一年後に再び試験がありました」
「試験?」
そんな話を父から聞いたことがなかったラウスは驚く。
「その試験で合格した半数だけが残り、落ちた半数はイオ魔法学院を追い出されました」
ラウスにとって驚愕の事実だった。
つまり、父オイトは一年も修行したのではなく、一年しか修行ができなかったのだ。
「一年後の試験で父は落ちたが、シャスター殿は合格してそのまま修行を続けたと?」
星華は肯定の意思として頷いた。それでラウスも納得する。
「なるほど。同じ同期でも修行した年数が違えば、魔法の実力が格段に違うのは当たり前だ。同じイオ学院の出身でも、父上とシャスター殿では魔法使いとしての格が違うということか」
だからこそ、オイト国王はシャスターに頭が上がらなかったのだ。
「それに魔法だけではない、人間的にも父上はシャスター殿の足元にも及んでいない」
誰にも聞こえない声でひとり呟いたラウスは小さくため息をつくと、再び視線を空に戻した。




