第五十六話 それぞれの信念
シャスターは五十人もの魔法使いに囲まれていた。
しかも魔法使い同士の間隔は離れている。
これではシャスターが魔法使いを倒しに行っても、その間に他の魔法使いからの魔法攻撃を受けてしまう。安易に動くことはできない。
魔法使いたちは馬鹿ではない。先ほどの親衛隊の二の舞は踏まないように気をつけていたのだ。
「残念だったな。貴様はここで死ぬのだ。そしてお前の仲間たちも全員殺してやる。いくら強くても儂の育てた魔法部隊には敵わぬのだからな」
余裕の表情を見せたオイト国王だったが、シャスターは全く関心がないようだ。
「ごたくはいいからさ、さっさと終わらせよう」
「生意気な青二才め。望みどおり終わらせてくれるわ!」
シャスターに挑発されたオイト国王はすぐに実行に移した。
五十人の魔法使いが一斉に火炎球を放つ。一発でも人を殺すのに充分な火力であるが、それが何十発と放たれていく。
「撃て、撃て、撃て!」
オイト国王は容赦なかった。まるで今までの怒りを晴らすかのように魔法部隊に発射を命令し続ける。
さらに自らも巨大な火の球を掌に起こした。
「火炎球!」
オイト国王の手から放たれた巨大な火の球はシャスターが立っている場所で一際大きく爆発した。
凄まじい爆風が辺り一面に吹き荒れた。
「さて、そろそろいいだろう」
しばらく続いた爆発は収まったが、爆風の影響で辺り一面何も見えない。もちろん、この中で生き延びるのは不可能だ。
「馬鹿な奴め、儂に逆らうからこうなるのだ」
オイト国王は高らかに笑うと、今度は戦場にいる者たちに映像を通じて話し始めた。
「どんなに強い者でも儂に逆らうことはできん。生意気な小僧も跡形もなく消えてしまったわ。儂の前では誰もが無力なのだ!」
オイト国王の自信は、爆発跡を見れば一目瞭然だった。
魔法部隊の圧倒的な強さに、ラウス軍の騎士たちの心を「敵うはずがない」という絶望感が占めていく。
「さて、次はラウス、お前たちを殺す番だ」
国王の宣戦布告にラウスは舌打ちをした。
ラウス軍の士気が再び下がってしまったからだ。しかし、この状況ではもう退却することはできない。
「エルマ、それにマルバス殿、まさか父がここまで強いとは私の認識が甘かった。申し訳ない」
頭を下げるラウスに二人は笑った。
「気にしないでください。私がラウス様に賭けた、ただそれだけです。それにまだ負けたと決まったわけではない。西領土騎士団の実力を存分に見せつけてやりますよ」
「マルバス殿の言う通り、ここからが本番です。我が傭兵隊は一癖も二癖もあるある奴らばかりなので簡単にはくたばりませんよ」
死地に赴く戦いだ。しかし、だからこそ二人は笑って自らを鼓舞する。それが指揮官としての責務だと分かっているのだ。
「お前たち……」
そのことに気づかされたラウスは馬の速度を上げて単騎で国王の元へ向かって行った。
「ラウス様、危険です!」
追いかけるエルマが後ろから叫ぶが、ラウスは気にすることなく国王軍の中を疾走した。
しかし、国王軍の騎士は誰もラウスに剣を向けてこない。なぜなら、誰もが唖然としながらも空の映像から目を離せないでいたからだ。
ラウスはついに国王軍の中衛を抜けた。
すると、爆風がくすぶっているその先にシャスターが倒れた場所、さらにその奥にはオイト国王の姿が見える。
慌てて追いついたエルマとマルバスに注意されるが、気にもせずにラウスは叫んだ。
「父上、もうやめてください!」
その声を聞いた国王は笑った。
「ほぉ、ラウスか。お前の方からノコノコと現れるとは、探す手間が省けたわ。お前の部下だった生意気な小僧も死んで、あとはお前を殺すだけだ」
「シャスター殿は私の部下ではありません。命の恩人です」
「そんなことはどちらでもよいわ! どのみち、お前たちの企みもすべて無駄になってしまったからな」
オイト国王はもう一度笑った。
それを背後から見ていたウルはやっと気づいた。国王が軍を動かすときに周囲に警戒を怠らないように命じていたことを。
つまり、フェルドの町の炎上が偽物でシャスターの裏切りに気付いた国王はそれがラウスの指示だと思ったのだ。
当然ながらフェルドの町長の手紙も嘘で、バレたラウスが逃げ出したこともラウスを捕まえるべくシャスターが追撃したことも全て計画通りだった。
そして、二人は領土境に待機していた東領土騎士団と共に急進軍し、王都を攻めようとしていた。
そう考えたオイト国王はラウスの計画を逆手に取って、最大戦力でこちらから大軍を仕掛けたのだ。
それにシャスターがラウスの味方なら西領土騎士団が戦場に現れることも予想ができる。
(さすが、魔法使いは知略も優れているということか。国王の戦略眼もさすがだ)
しかも魔法部隊まで使ってくるとは。
これで国王軍の勝利は確実だとウルは確信していたが、同時に本当にこれで良いのかとの思いがウルの心の奥から不意に湧いてきた。
何とも言えない気持ちの変化にウルは混乱する。全てはあのシャスターのせいだ。少年に諭されてから自分の気持ちが揺らいでいるのだ。
そんな感情を何とか押し込んで、ウルは再び親子の会話を見守る。
「父上、私はこのレーシング王国を豊かにしたい、領民を幸せにしたいと思っています。そのために私が国王になります!」
ラウスの強い決意が戦場に響き渡る。
「ラウス、不肖の息子よ。お前は儂自ら引導してやるわ!」
オイト国王は火炎球を放つが、距離がある為ラウスに避けられてしまう。
「ふん、命拾いしたな。しかし、必ず殺してやるぞ」
「構いません。私が死んでも私の意思を継いだ者たち、ここにいる戦いに身を捧げている者たちが、必ずこの国を平和へと導いてくれるでしょう。そのためなら私は喜んで死んで礎となりましょう。しかし、その前に私が父上を倒す!」
「ふん、儂を倒すなど片腹痛いわ。やはり今すぐ殺すことにしよう。ウル!」
控えていたウルが立ち上がる。
「ラウスをここに連れて来い!」
オイト国王の命令は絶対だ。
しかし、ウルの脳裏にはどうしても先ほどのシャスターの言葉が離れない。
(本当の騎士道とは何か?)
ウルは国王の前で片膝をついた。
「今はやめといた方がよろしいかと思います」
「何だと! 貴様、儂に逆らうのか?」
オイト国王が目の前のウルを睨みつける。
「いえ、逆らうのではありません。ここでラウス様を殺すなど姑息でしかありません。国王には正々堂々と戦って勝利して頂きたく存じます。そして、戦いの時はどうか味方を巻き込むことがないようお願い致します」
ウルの言葉に誰もが驚く。ウルは暗に国王が味方ごと攻撃した行動を非難し諫めようとしているのだ。
ウルがオイト国王を諫めることなど今までに一度も無かった。いや、ウルだけではない、国王を諫める者など王国に誰もいなかった。国王を諫めるとどうなるか、殺されることを知っているからだ。
それが、今、このタイミングでオイト国王を諫めている。
だからこそ、国王軍の驚きは尋常ではなかった。
映像を通じて国王軍の騎士たちもこの光景を見ている。驚きながらも彼らにとってウルの言葉は嬉しかった。騎士団長が身を賭してまで自分たちを守ってくれているのだ。
しかし、オイト国王にとってそんなことはどうでも良いことだった。
「儂を姑息呼ばわりとは……ウルよ、血迷ったか。それとも貴様もラウスと繋がっていたのか?」
「いえ、そのようなことは絶対にありませぬ。私は国王に忠誠を誓っております」
「……分かった。貴様の今までの武勲で先ほどの非礼は不問にしよう。もう一度命じる、ラウスをここに連れて来い!」
これが最後通告だった。
しかし、ウルは立ち上がらない。
「できません」
ウルは自分でもなぜ国王に逆らっているのかよく分からないでいた。
しかし、一つだけ確かなことがあった。それはシャスターの「国王が間違ったことをした時、諫めることができるのが本当の騎士道なんじゃない?」という言葉が、ずっとウルの心の奥に引っかかっているからだ。
本当の騎士道……そして今、ウルは自分の心を信じて動いていた。
「よし、儂に逆らった罪で貴様もここで処刑だ!」
オイト国王の手に炎がともる。
それを映像で見ていた国王軍の騎士たちが一人、また一人とウルの元へ駆け出す。ウルを助けようとするためだ。そして、その動きはすぐに国王軍全軍に広がる。
国王軍が前方のラウス軍を背にして、後方に向かって全速で動き出したのだ。
そして、ウルを助けようとする行動は映像を見ていた者たちだけではなかった。
この場にいるベノンたち数人の分団長もウルの前に立ち、騎士団長を守ろうとする。
「お前たち……」
「我々の忠誠心は貴方にあります、騎士団長!」
さらにその光景を見ていたラウスたちも動き出そうとしていた。
「国王軍同士が身内で争ってくれるのはとても嬉しいが……」
「ええ、これで勝っても後味が悪くなりますからね」
エルマとマルバス、そしてラウスもウルたちに加勢しようと駆け出す。
今や、国王軍ラウス軍関係なく、全軍がオイト国王に対して剣を向けている。
ただ、この突然の裏切り行為にも国王は気にした様子はなかった。
「王領騎士団までもが儂の命令を無視するか……まぁ良い。儂が作った最強の魔法部隊で皆殺しにしてくれるわ!」
オイト国王は余裕の表情で笑う。いくら騎士たちの実力が優れていても、最強の魔法使いである自分に敵うはずがないからだ。
しかし、その笑いを遮る声が戦場に大きく響き渡る。
「誰が最強だって?」
突然の声にオイト国王は驚いた。
ラウスの声ではない。しかも、どこから聞こえて来るのか分からない。
だが、確かに聞こえたのだ。
「儂を愚弄する者は誰だ?」
オイト国王だけでなく、ウルやラウスたちも驚きながら辺りを見回して声の主を探し始めるが、声の主は分からない。
オイト国王は自分の否定した何者かにもう一度叫んだ。
「儂は最強の魔法使いだ。殺してやるから出てこい!」
「笑わせるな。お前は最弱な魔法使いだよ」
またもや聞こえてきた声だが、二度目だったせいか先ほどより良く聞こえた。
そして、その声にオイト国王は聞き覚えがあった。
「ま、まさか……」
あり得なかった。
しかし、二度目の声は確かに爆発の中心地から聞こえてきた。まだ爆風が強く視界が悪いが、その声は何十発もの火炎球が撃たれた場所からだった。
「いや……、そんな筈はない。あの火力の中で生きられる筈がない」
自分に言い聞かせるかのようにオイト国王は声を出したが、その場にいる誰もが同じ気持ちだった。
あの爆心地で生き延びられる筈がないと。
皆が固唾を飲んで見つめる中、立ち込めていた爆風が徐々に消えていく。
それとともに爆心地の視界も開けていく。
そこに、ひとりの少年が立っていた。




