第五十五話 魔法部隊
大勢の人々が呆然としている中、カリンは必死で気持ちを切り替える努力をしていた。
(フローレ姉さんは自らを犠牲にして自分を助けてくれた。今度は自分がしっかりしなくては駄目だ)
カリンは涙を拭いて前を見つめた。いつまでも泣いていたら天国のフローレに笑われてしまうからだ。それに、兄や祖父、フェルドの町のみんなにも笑われるだろう。
これからはみんなの分まで生きていかなくてはならない。
「シャスター!」
カリンの声は決して大きくはない。しかし、決意を決めた力強い声だった。
「カリン……」
逆にシャスターの声には張りがない。カリンに対してどう向き合えば良いのか分からないからだ。自分のせいでフェルドの大勢の人々、そしてフローレを死なせてしまった。謝っても許されることではない。
しかし、そんなシャスターに対してカリンは微笑んだ。
「シャスターは悪くないよ。フェルドの町を守ろうとしてくれていたのでしょ? それに、もしシャスターがフェルドに来ていなかったら、フェルドは遅かれ早かれ滅んでいたよ」
カリンは祖父である町長が反乱を起こそうとしていたことに薄々気付いていた。もちろん具体的な内容までは知らない。しかし、祖父に伝書鳥が届いた後の表情や態度から、機微に聡いカリンは察知していたのだ。
そして、フェルドの町で反乱が起こればどうなるか。答えは明らかだ。反乱が成功しても失敗してもフェルドは多くの者が犠牲になっていただろう。
「だからさ、シャスターは気にしないで。それに町のみんなはシャスターに感謝していたよ」
「カリン……」
「うん!」
カリンは努めて笑っている。
本当は一番悲しんでいるのはカリンなのに。
それなのに、落ち込んでいるシャスターまでも励ましている。
「……情けないな」
「ん、何か言った?」
「うん。俺も決着をつけるよ」
ちょうどその時、星華が二人の前に現れた。
「星華、ありがとう。でも、あとは俺がやるから大丈夫だよ。カリンを守ってあげて」
「かしこまりました」
星華は立ち上がりフローレを片手で背中に背負うと、カリンに近づく。
「少しだけ目を閉じてください」
言われた通りカリンは目を閉じると、腰を強く掴まれた。するとカリンの身体が高速で動き出す。あまりにも突然のことに驚いたカリンは思わず声が出そうになったが、慌てて口で手を押さえて止めた。
星華の背中に乗ったカリンの身体は風を切って激しく動いていたが、それも時間にすれば数秒だった。何が起きたのか分からないまま、恐る恐る目を開いたカリンは視界が変わっていることに驚く。
さっきまで隣にいたシャスターがいないし、見えていた風景が変わっている。
「えっ、どういうこと!?」
まだ頭が混乱しているカリンの横で、星華はフローレをゆっくりと地面におろす。
「シャスター様の戦いに巻き込まれないよう、安全な場所に移動しました」
つまり、星華はカリンを抱えながら走ってきたのだ。
さらにカリンは遠くにいるシャスターを見つけて改めて驚愕する。ここからシャスターまでかなりの距離がある。その距離をフローレを背負いカリンを抱えた状態でわずか数秒で走り切るなんて、常人ではあり得ない。
「星華さん……って呼んでもいいですか?」
先ほどシャスターが呼んでいた名前だ。カリンは星華と初めて会う。
「はい」
「先ほどは助けてくれて、ありがとうございました!」
国王に殺されそうになったところを助けてくれたのが星華だった。
フローレと最後の会話ができたのも星華のおかげだ。
そして国王親衛隊を瞬殺したのも星華だ。
「シャスターよりも強そう」
何気ないつもりで呟いたカリンだったが、意外なことが起きた。
ずっと冷静なまま表情を変えなかった星華の顔に薄い笑みが浮かんだのだ。
それは一瞬だったが、カリンは確かに見たのだ。星華が少しだけ微笑んだところを。
「私がシャスター様より強いなんてあり得ません」
今度は自嘲気味に笑ったようにカリンには聞こえた。
なぜ自嘲するのか、不思議に思ったカリンだったが、それを星華に聞く前にシャスターの戦いが始まった。
かなり離れた場所でウルに守られたまま、オイト国王は威勢良く笑っていた。国王の誇る親衛隊二十人が瞬時に殺されて先ほどまで恐怖していたはずだが、なんとか精神的に立ち直ったようだ。
「親衛隊を倒すとは褒めてやる。しかし、お前もここまでだ」
その言葉が終わると同時にシャスターの周りを再び大勢の兵が囲む。しかし、今度の親衛隊は騎士ではなかった。全員が薄黒いローブをまとっている。
「国王直属の魔法部隊……」
空の映像を見ていたラウスが緊張しているのがエルマにも分かった。
先ほどの殺戮が再び行われようとしている、しかも今度は全軍ではなくシャスターただひとりに。
「かなりヤバイ状況だ」
ラウス軍を戦慄された魔法部隊が、シャスターだけを取り囲んでいるのだ。常識で考えたら一瞬で殺されて終わりだろう。
そして、魔法部隊という秘密兵器があるからこそ、親衛隊の二十人が殺された後でもオイト国王は精神的に立ち直ることができたのだ。
空に映る映像を眺めていた誰もがシャスターの死を確信していた。
親衛隊以上に強い魔法使いが五十人もいる。到底敵うはずがない。
しかし、その中でエルマだけは少しだけ違った感覚を抱いていた。
「このまま、あの少年は終わらないと思いますよ」
飄々とした態度とあの判断力、そして強さ、シャスターは謎だらけの少年だったが、まだ誰にも見せていない、隠していることがある……長年の傭兵として経験と勘がエルマにそう告げていた。
(さて、ここからどうするつもりだ。俺たちにお前の本当の強さを見せてみろ!)
心の中でシャスターに叫びながら、エルマは上空を見つめた。




