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第五十四話 それぞれの正義

「フローレ……」


 シェスターは抱き抱えていたフローレを静かに地面に寝かすと無言で立ち上がった。

 隣ではカリンが嗚咽を上げながら泣き続けている。


 フローレはこんな場所で、こんな死に方をする娘ではなかった。それをさせてしまったのは自分の責任だ。

 そして、こんな卑劣な行為を行ったのは。



「オイト、貴様だけは絶対に許さない!」


 とても静かな声だった。

 しかし、いつものシャスターを知っている星華だけが驚いた。これほど心の底から響いてくるシャスターの声を聞いたことがなかったからだ。



「馬鹿か! 貴様ひとりで何ができる? いくら武勇に優れていようとが、数千の兵と儂の誇る親衛隊、そして魔法部隊を倒すことが出来るはずもない」


 黒一色の得体の知れない少女と剣の達人のシャスター。

 その二人と戦えば、国王軍は甚大な被害を受けるだろう。しかし、それにも限界がある。二人では倒せる数などたかが知れているのだ。


「それにな、その娘が死ぬまでこうして待っていてやったのだ。感謝こそされても恨まれる筋合いはないわ」


「恨まれる筋合いはない? 確かに戦争で大勢が死ぬのは仕方がないことだ。しかし、関係のないフェルドの人々を巻き込んで、無防備な少女を殺して、それがお前の正義か!」



 上空の映像から一部始終を見ていたラウスには耳の痛い言葉だった。しかし、今ならシャスターの言葉の意味がよく分かる。

 為政者は常に領民のことを第一に考えなければならないのだ。

 それを巻き込むとは、ましてや戦いの道具に使うなど言語道断だ。


 しかし、そんなことはオイトにはどうでも良いことだった。それよりも、この生意気な青二才が許せない。


「儂はこの国の国王だ。その国王に対してその態度、儂の堪忍袋も切れたわ。貴様は最悪の方法で殺してやる」


 シャスターたちの周りを屈強な二十人の騎士が円陣を組んで囲む。


「儂の直属の親衛隊だ」


 誇らしげなオイト国王の紹介を受けながら、親衛隊たちはシャスターを嘲笑っていた。精神的に打ちのめされた惨めな少年をどうやって無惨に斬り刻もうかと思案中なのだ。


 オイト国王も生意気な小僧が泣きながら命乞いをする光景を想像して笑った。もちろん許すはずもなく、最後は特大の火炎球(ファイア・ボール)で殺すつもりだ。



 オイト国王は意気揚々に言葉を続ける。


「親衛隊はそれぞれが王領騎士団の分団長以上の実力者だ。いくら貴様が強いと言っても最強の二十人を相手に……」



 突然、高らかに声を上げていたオイト国王の声が止まった。


 いや、言葉は発しているのだが、口がパクパクと虚しく動いているだけだ。

 それと同時に国王の表情が一気に青ざめ、恐怖に顔が引きつっている。



「な、な、何が……!?」


 やっとのことで言葉を発した国王は、慌てて後ろに控えていたウルの背中に隠れる。

 しかし、それを笑う者は誰もいない。ウルでさえ、顔面が蒼白したまま立ちすくんでいた。

 その一部始終は上空にも映し出されていた。戦場にいる誰もが唖然としている。



「一体……何が起きたというのだ、エルマ!?」


 ラウスは空の映像を見ていた。だから、何が起きたのか分かっている。それでもエルマに聞かずにいられなかったのは、自分が見た光景が信じられなかったからだ。



「……見たとおりです。あの黒ずくめの少女が親衛隊二十人を……瞬時に殺したのです」


 エルマも自分の目を疑った。あり得ないことだからだ。

 しかし、目の前の光景は現実に起きたことだ。



 二十人の親衛隊に取り囲まれた瞬間、星華は襲いかかった。目にも止まらない素早さに、親衛隊の騎士たちは剣を抜く時間も与えられることなく、信じられないことに僅か数秒で全員が殺されたのだ。

 それが証拠に星華が両手に握っている短剣からはまだ真っ赤な血がポタポタと垂れている。


 レーシング王国で最高ランクの強者二十人を瞬時に殺す、到底常人に出来ることではない。


「ありゃ、バケモノだ!」


 エルマの後ろでギダが震え上がっている。


「お前でも無理か?」


「冗談はよしてくだせぇ。あんなバケモノ、あっしと同レベルの盗賊が百人いたとしても敵うわけがない」


 盗賊は素早さが命だ。しかし、あの速さは常軌を逸している。あんな動きはギダの長い経験の中でも見たことがなかった。



「もしかして、まさかあれが……」


「知っているのか?」


「いえ、もしかしたらなんですがねぇ。盗賊の遥か上の職業に忍者というクラスがあるのですが、それなのかなと思いまして」


「忍者か……」


 忍者についてはエルマも多少知識はあった。

 もちろん、知識だけで実際に見たことはないが、戦闘職の最上位クラスの一つであり、特に素早さでは並ぶ者がいないと聞く。


「遥か東の島国にいる希少な職業らしいが、まさかこの目で見ることができるとはな」


 しかし、なぜそのような者をシャスターは従えているのか。エルマはますますシャスターが分からなくなった。


「エルマよ、考えるのは後だ。今は状況を見守ろう」


 ラウスの言う通りだ。考えるにしては情報が無さ過ぎるので、考えるだけ無意味だ。それにこの戦いが終われば、シャスター自身の口から聞けるだろう。


「たしかにそのようですね」


 エルマたちは再び空を見上げながら馬を走らせた。




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