第五十二話 カリンの反抗
エルマが確信していたとおり、シャスターは単身で国王軍に向かっていた。国王軍の中は密集体形のため、馬だと逆に動きづらいのでシャスターは自分の足で走る。
国王軍の中を単独で走っている少年は不審者以外何者でもない。通常なら騎士たちに止められるだろうが、ラウス軍が突撃を開始してきた状況の中で、国王軍の誰もシャスターを気にする余裕がなかった。
シャスターにとっては、混乱に乗じて進みやすくなったので有り難かったが、オイト国王がいる場所はまだ先だ。
「俺のせいで……フェルドのみんな、ごめん」
自分の認識の甘さだった。まさか、魔法の鏡に巻き戻しの機能が付いているとは思わなかったのだ。全ての責任は自分にある。
「せめて、あの二人だけでも助けないと」
しかし、その望みを打ち消すかのように、再びオイト国王の顔が空に浮かぶ。
「シャスターよ、この二人をなぜ生かして連れて来たか分かるか? 無論、貴様の目の前で殺すためだ」
二人はシャスターへの餌だった。
彼女たちを助けるために国王軍に飛び込んできたシャスターを捕らえることなど造作もない。そして、国王自ら処刑してやるだけだ。
しかし、そんな国王に勇敢に立ち向かおうとする者がいた。
「シャスター、絶対に来ちゃダメ! あなたはこの国と何も関係ないのだから、さっさと逃げちゃって! こんな馬鹿な国王の言いなりになる必要なんてないからね」
「愚かな」
オイト国王はカリンを睨んだ。
「小娘、お前から死ね!」
国王の前に数人の魔法使いが進み出ると、手をカリンに向け躊躇なく火炎球を放つ。
しかし、カリンも同じタイミングで詠唱する。
「防御壁!」
透明なグリーンの膜がカリンの周囲を覆い、火炎球から少女の身を守った。驚き焦った魔法使いたちは何発か続けて火炎球を放つが、全てカリンのバリアに跳ね返られてしまっていた。
「お前は神聖魔法の使い手だったのか?」
興味ない表情のまま、国王はカリンに掌を向けた。
「火炎球」
国王はたった一発の火の球を放っただけだった。
しかし、その球がカリンの防御壁にぶつかると、バリアはガラス細工のように砕け散った。
「まさか、こんなにも簡単に……」
カリンはしばらくの間、バリアで防ぐつもりでいた。
実際、魔法使いたちの火炎球は破られなかったので充分に防げると思っていたのだが、国王の一撃でバリアは簡単に破かれてしまったのだ。
「儂の力を侮るな。小娘の神聖魔法など効くはずもないわ」
オイト国王は魔法使いたちに指示してカリンの口を布で巻きつけた。詠唱出来なければ神聖魔法は使えないからだ。
「さて、今度こそ終わりだ。すぐに小僧も送ってやるから、先にあの世で待っているがよい」
オイト国王はもう一度掌をカリンに向けた。
カリンは身体中を激しく動かして抵抗するが、どうすることも出来ない。
その姿を巨大な映像で見ているシャスターも国王軍の騎士たちを避けながらカリンの元へ向かっているが、まだ距離がある。
(町のみんな、ごめんね。みんなの無念晴らせなかった。これじゃ、みんなに合わせる顔がないね)
暴れることをやめたカリンは静かに前を見据えた。
観念したカリンを見て国王は残虐な笑みを浮かべた。
「火炎球」
国王の掌から再び炎の球が放たれた。




