第五十一話 残酷な空
オイト国王の映像が消えた後、国王軍とラウス軍は陣形を動かして再編を始めた。いつ戦闘が再開されてもいいようにだ。
しかし、それが突然止まった。
再度、上空にオイト国王が映し出されたからだ。
両軍にまたもやどよめきが起きる。
シャスターは戦場の中心に留まったままだった。国王の次の一手を見てから動こうと思っていたからだ。
「意外に早かったな」
国王軍の再編がまだ終わっていないので暫く時間がかかると思っていたが、オイト国王にとってそんなことは些細なことなのだろう。
「ふん、ラウス軍で歓声が上がっているようだが、すぐに苦痛の呻き声に変わるわ」
オイト国王の笑い声が不気味に響き渡る。
その声はラウス軍だけでなく、国王軍の騎士たちにも恐怖そのものだった。
「ただ、その前にひとつしておくことがある」
オイト国王の顔が消え、代わりに二人の人物に映像が切り替わった。
そこに映し出されたのは少女たちだった。
木の柱に磔にされ、両腕両足を縛られて身動き出来ない状態にさせられている。
ほとんどの者たちは一体何の映像なのか分からないでいる。
しかし、一部の者を驚かせるのには充分な効果があった。
「カリン! フローレ!」
シャスターは思わず声を上げて叫んだ。
この場にいるはずのない二人がなぜ国王の元にいるのだ。
その答えをオイト国王が誇ったように話し始めた。
「小僧……シャスターとか言ったな。貴様は儂を騙した」
国王はシャスターの居場所を知らない。
しかし、この平原のどこかにいることは確信しているのだろう。だからこそ、空に広がる映像と声を使ったのだ。
「なぜ儂が貴様の浅はかな考えを見破ったのか教えてやろう。あの魔法の鏡は、儂のように魔力を持った者が念じると、鏡に映っていた過去の映像も見ることができるのだ。昨夜、貴様が炎上させた町に一瞬人影が見えた気がしたので映像を巻き戻してみたら、この小娘が燃える町に入る様子が映っているではないか」
そういうなり、国王はフローレの髪を鷲掴みにした。苦痛に歪むフローレの表情が巨大な映像に映し出される。
「フローレ!」
シャスターはすでに二人のもとに向かって走り始めていた。しかし、距離があるためすぐにはたどり着けない。
「儂は町の炎上は幻術の類だと確信した。そこで部下を町へ派遣し、先ほどこの二人を捕まえて来させたのだ」
「町は? フェルドのみんなはどうした?」
叫んだシャスターの声に反応したわけではないが、オイト国王は残忍な笑みを浮かべて話を続けた。
「儂を欺いた罰は大きい。この二人以外の町の住民は全員殺した」
「なっ……」
シャスターは愕然とした。
フェルドの町には女子供を含めた町人が四千人もいる。彼らを全員殺すなど狂気の沙汰以外何物でもない。
「儂の手塩にかけた魔法部隊で町を襲撃させた。貴様の偽物の炎とは違い、本物の炎で住民全員を殺してやったわ」
オイト国王の愉快そうな笑い声が響き渡る。
国王の後ろには五十人ほどのフードを被った者たちがずらっと並んでいる。国王直属の魔法部隊だ。
魔法部隊の攻撃力は先ほどの戦いで嫌というほどよく分かった。そんな魔法使いたちがフェルドの町を襲ったのだ。
「これが今の町だ」
オイト国王は魔法の鏡にフェルドを映し出した。
しかし、もう町と呼べる物は何一つ存在していなかった。町全体が跡形もなく焼失してしまったのだ。
当然、中にいた住民たちも誰も生きてはいない。
「オイト!」
シャスターは怒りに震えながら大声で叫んだ。
しかし、国王にはシャスターの声は届いていない。ただ、国王の高笑いが聞こえてくるだけだ。
同時刻にラウスたちもオイト国王の卑劣な映像を見ていた。
「あれは、フローレとフェルドのカリンという少女!」
「エルマ、あの二人はシャスター殿にとって……」
「とても大切な二人です!」
エルマは断言した。
フローレはデニムからシャスターが助けた娘だ。それからずっと側に置いている。
カリンはフェルドでシャスターと傭兵隊が対峙する中、最初からシャスターを信じて大声で応援していた娘だ。
どちらもシャスターにとって、助けなくてはならない少女のはずだ。
「シャスター殿はどうするだろうか?」
「すでに少女たちの元に向かっていると思います」
ラウスの問いにエルマは確信を持って答えた、と同時に内心ホッとしていた。フェルドの炎上が偽物だったと分かったからだ。
シャスターはフェルドの人々を守るためにあのような大嘘をついたのだろう。自分が嫌われるのを覚悟の上で。
しかし、それがこのような最悪な結果になってしまった。シャスターの悲痛な心境は計り知れない。
「もしかしたら、彼が一番領民のことを考えていたのかもしれないな。私たちの方が領土争いや派閥争いをしていて領民たちを疎かにしていたのかもしれない」
ラウスはシャスターに殴られた腹の痛みを思い出し軽くさすった。
自分たちの目的のために領民を犠牲にしてはいけないのだ。それは、先ほどラウスがいない時にエルマとマルバス二人の会話に通ずるところがあった。二人も大きく頷く。
「それにしても、父上のあのような残酷な行為、到底許すことはできぬ」
ラウスは心の底から怒りを表していた。あれほどの非道なことを平然と行う父を必ず倒さなければならない。それが息子としての義務だ。
「シャスター殿だけを国王の元に行かせるわけにはいかない」
ラウスの言わんとすることを理解したエルマとマルバスも賛同する。
「奴がいくら強くても、あの人数の敵軍の中、しかも魔法使いに囲まれてしまったら、万に一つも勝ち目はない。全軍で助けに行くしかないでしょう」
「西領土騎士団として、騎士団長の窮地を見過ごすわけにはいきません。それに悪魔呼ばわりした暴言も謝らなくてはなりません」
「それなら、俺の方がさらに多く謝らねばならんな」
エルマが真面目に答える。
これからの戦いがとても熾烈なものになることは容易に想像がつく。それでも三人に迷いはなかった。最大の功労者を助けなければ一生後悔するだろう。
「全軍、進軍!」
夜の闇が覆い始めた時間だったが、ラウス軍は再び戦場に向かい始めた。




