第五十話 三人の結束
ラウス軍に合流したエルマはすぐにラウスの元に参上し、後退を進言した。全面的にエルマを信頼しているラウスはすぐに後退を始めた。
同じくマルバスも西領土騎士団に戻り、後退を指示する。
それに合わせるかのように、国王軍も後退を始める。
そして両軍の後退が完了した時、それは起こった。
突然、上空に大きな円が浮かび上がったのだ。
その円は後退した両軍の兵士からも充分に良く見える程の巨大なものだった。
さらに驚くことに、その円の中にオイト国王が映し出されたのだ。
上空の映像にラウス軍のみならず、国王軍も何事が起きたのか驚いている。
それはマジックアイテムを使って国王が映し出したものだった。
それを戦場の中心にいたシャスターも見ていた。
「小さい国の割には色々なマジックアイテムを持っているなぁ」
マジックアイテムは一つ一つがとてつもなく高価だ。シャスターは半ば呆れながら感想を述べたのと同時に、巨大な映像に映っている国王が話し始めた。
「儂は国王オイトである」
このマジックアイテムは映像だけでなかった。平原中に響き渡るほどの大音量の国王の声が両軍に伝わる。
「ラウスが儂に叛旗を起こした。敵うはずもないのに馬鹿なことだ。いいか、よく聞け。この戦いに勝利した後、我が軍は東領土に進軍して全ての町や村を蹂躙する。東領土の領民は一人残らず惨殺だ」
ラウス軍からどよめきが沸き起こる。国王自身が彼らの家族や友人たちを殺すことを明言したからだ。
国王の映像はそこで消えた。
「国王が脅しとは……」
エルマが呆れる。その横ではラウスが大きくため息をついた。
「いいや、非常に良い手だ。一気に我々の戦意を下げることに成功したのだからな」
案の定、ラウス軍の騎士たちは皆不安そうな表情になっている。
ラウス軍としてはこれからが正念場だった。軍を立て直して最善の戦術を考えるしかない。
そのような状況の中で、戦いの要である軍の士気が下がってしまったことはかなりの痛手だった。
そんな二人がこれからの対策を考えているところへ西領土騎士団の再編成を終わらせたマルバスが合流する。
「ラウス様は勝てる策を持っているのでしょうか?」
マルバスはラウスに会うなりストレートに質問した。
シャスターがマルバスたちに言ったように、勝てる勝算がなければ戦ってはいけないのだ。マルバスはそんな当たり前のことを失念していた為、先ほど上官である騎士団長に怒られたのだ。
だからこそ、言葉を濁すことなく実直に尋ねたのだが、そのことはラウス軍の総指揮をしているラウスが一番良く分かっている。
「西領土騎士団には危ないところを助けてもらって感謝している」
ラウスは頭を下げた。エルマたち傭兵隊の窮地を救ったのはマルバスたち西領土騎士団だったからだ。
「それに比べて我が軍の戦力の不甲斐なさ、重ねて申し訳ないが、それでも我々も無策で臨んでいたわけではない。策は用意してある」
それは平原に着く前に後方に作っておいた三千もの落し穴のことだった。ラウス軍が撤退し、それを追いかけてきた国王軍がその穴に落ちれば大きな打撃を与えられる。
「そう上手く行けば良いですが……」
懐疑的なマルバスの肩をエルマが叩く。
「上手く行かせるのが俺たちの役目さ。王領の騎士個々の力は東領土騎士団のそれよりも圧倒的に強い。まともに敵うのは西領土騎士団と俺たち傭兵隊だけだ。さらに国王軍には数十人の魔法使いがいる。そんな奴らと戦ってこの程度の被害で収まっているのなら良い方だ」
「分かりました。この後の戦いでは、今まで以上に我々西領土騎士団の力をお見せしましょう」
「二人とも感謝する!」
ラウス、マルバス、そしてエルマの三人は強い結束力を見せつける為に互いに手と手をがっしりと握り合った。
「おぉー!」
その光景を見て、周りの兵たちが歓声を上げる。
この三人がいれば勝利出来ると確信したのだろう。歓声は波状のように広がっていき、ラウス軍の士気は再び上がり始める。
「我等の領土は我等の手で守るぞ! そして王領の領民たちも我々の手で救うぞ!」
ラウスは大声で叫んだ。それに合わせてラウス軍に大歓声が起こる。
「さすが、ラウス様です。下がった士気を一気に今まで以上に上げてしまうとは」
「あとは、我々の戦い方次第ということか」
ラウスは軍の士気をさらに上げるために、そのまま軍の陣中見舞いに繰り出した。
その後ろ姿を見送った後、エルマとマルバスは前方を見据えた。見つめる数百メートル先には国王軍が布陣している。
「我々は目先のことに拘りすぎていました」
「ああ。シャスターの言うとおり、指揮官として失格だったな」
指揮官は個として戦うのではなく、全体を見渡さなくてはならない。それが出来ていなかったことは、確かに指揮官として失格だと二人とも認めていた。
「あの人は私よりもずっと年下なのに、私などよりずっと物事の道理を分かっていらっしゃる。剣の腕前だけでなく、全てにおいてあの人に敵わないと思います」
「俺も同じさ。奴の倍ぐらい生きている分、経験値は俺の方が圧倒的に多いはずなのだが。奴はなんていうか、俺たちとは違う……俺たちよりもっと広い視野で物事を見ているというか、上手く言えないのだが」
「言いたいことは分かります。私も何を考えているのか分からないあの人に、悪魔だと暴言を吐きましたから」
「そりゃ、酷いな」
「あの人も落ち込んでいました」
二人は笑った。シャスターと出会ったことは偶然かもしれないが、二人の人生を大きく変えたことは事実だった。
「ところで、シャスターはあの後どうしたのだろうな?」
「我々を逃したところまでは見ていたのですが」
あの場にいたのは王領騎士団長ウルと分団長一人だけだ。その後、国王軍も陣を後退させたということは、何かあったに違いなかった。
「シャスター、お前は一体何を考えている?」
エルマは今まで何度も呟いた言葉を今度は大きく叫んだ。
まるでシャスターに聞こえて欲しいかのように。




