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第五話 傭兵隊

 ドンドンドンと廊下を思いっきり走ってくる足音が聞こえる。


「シャスター、大変よ!」


 またもいきなり部屋に飛び込んできたカリンと同時に星華(せいか)の気配が消えた。


「どうした?」


 と聞かなくても理由は分かっているが、シャスターとしては一応聞かなくてはならない。


「領主の軍が現れたわ。しかも、騎士団ではなく傭兵隊が大軍で!」


「ほぉー」


 意外な言葉にシャスターは少しだけ驚いた。騎士団が来ると思っていたからだ。



 昨日のカリンの話で、騎士団よりも傭兵隊の方が強く、領主デニムの信頼が厚いことは分かっている。ただ昨日カリンが襲われそうになったことと、昨夜攻めて来たのが騎士だったため、今回の件は騎士団の預りだと思っていたのだ。

 しかし、傭兵隊が来たということはそれだけ領主は本気なのだろう。


「まぁ、考えようによっては傭兵隊の方がやり易いか」


「何か言った?」


「あ、いや、何でもない」


 独り言のつもりが、少し声が大きかったようだ。


「カリン、町の一ヶ月分の食料の確保は?」


「それは大丈夫。何かあった時に備えて、常に備蓄はしているの」


 一ヶ月どころか半年でも籠城は出来るとのことだった。


「町の人たちは?」


「女、子供、老人は各々の家に鍵をかけて絶対に出ないようにしている。戦える者たちは見張台にいる者以外、全員広場に集まっているわ」


「そうか。じゃ、カリンたちは広場で待機。俺一人で外に出るから門を開けて」


 シャスターは町長宅から出ると広場に向って歩き出す。その後ろを慌ててカリンが追う。


「ちょ、ちょっと待って。一人で外に出るってどういうこと!? まさか、あなただけで戦うというの?」


 カリンは信じられないという表情をしている。


「うん、そうする」


「馬鹿ですか、あなたは!」


 カリンのストレートすぎる言葉に、言われた当人はショックを受けた。


「馬鹿とは……心外だなぁ」


「馬鹿じゃなければ、大馬鹿者よ!」


 カリンはさらに輪をかける。


「あなたは確かに強いわ。昨夜騎士を倒したのはすごい強さだと思う。しかし、傭兵隊は騎士団よりも強いの。その傭兵隊が百人以上の大軍で押し寄せてこようとしているのよ。いくらあなたが強くても、一人で到底敵う相手ではないわ」


 今度は子供を諭すように口調を和らげ説得を試みる。


「心配してくれてありがとう」


 しかし、カリンの説得を無視して、シャスターはそのまま広場に向かった。




 広場には大勢の男たちが揃っていた。その数は千人以上。中には女性も見える。

 これからの戦いに緊張しているのかざわめいていたが、シャスターが現れると一瞬で静まり返った。


「おっ! 待っていたぜ。シャスターさん」


 フリットが陽気にシャスターの肩を叩く。しかし、わずかだが叩いた手が震えているのが分かった。それはそうだろう、いくらフリットが町一番強くても所詮は町の人間だ。正規の訓練を受けた騎士や実践慣れしている傭兵とは強さが全く違う。


 ここにいる町人より外にいる傭兵の人数は圧倒的に少ない。しかし正面切って戦えば、ここにいる千人が全滅するのは確実だ。

だからこそ、籠城戦なのだ。傭兵隊は町に入るために門を破ろうと攻撃を仕掛けてくるだろう。しかし、幸いなことにこの町の防壁は強固で簡単に破られることはない。


「絶対に門を破られないようにし、防壁の上から弓矢で攻撃を仕掛ける。そうすれば勝てるぞ!」


 フリットが全員に向かって叫ぶと、歓声が湧き上がる。


「シャスターさんも弓箭隊として防壁に上がってもらえるか?」


 しかし、フリットが弓を渡そうとするが、シャスターは受け取らない。そこに後から追いついたカリンが叫ぶ。


「聞いて、お兄ちゃん! シャスターは門の外に出てひとりだけで戦おうとしているの」


「何だって!? それは無茶だ!」


 妹同様にフリットもシャスターの独断に反対する。いや、この兄妹に限らず、誰もがシャスターの行動を止めようと周りに集まってきた。


「あんただけで傭兵百人と戦うなど絶対に無理だ。籠城戦をするって言ったのはシャスターさんだろう。なら俺たちと一緒に籠城しながら戦ってくれ!」


「うん、確かにそう言った。でも俺が指示したのは、町のみんなのことで、俺は町の人じゃないから」


「そんな言葉遊びでごまかさないで!」


 カリンは本気で怒っていた。ひとりで戦うなど死ぬことと一緒だ。あるいは、シャスターは自分が死ぬことによって、町への人身御供にでもなるつもりかもしれないが、あの領主デニムにはそんな交渉は通じない。反乱を起こした時点で町は全滅を免れないのだ。


 もちろん、シャスターは人身御供になるつもりはないし、それ以前に先ほどまで逃げ出すことさえ考えていたが、そんなことをカリンは知る由もない。


「だから私たちも一緒に戦う!」


 カリンはシャスターの正面に立ち、先に進ませないように両手を広げる。覚悟を決めた少女の瞳は力強く輝いていた。


「良い目をしている」とシャスターは思う。



「カリンはここで町のみんなを守るんだ!」


 シャスターはカリンの両肩をしっかりと握った。


「みんなが戦えば、大勢の犠牲者が出る。そんなことはカリンも望んでいないはずだ」


「でも、フェルドの町を守るためには……」


「この町を守るためだからこそ、こんなくだらない戦いでみんなが死ぬことはない。いいね? 傭兵隊は俺が何とかするから、カリンたちは何があっても町から出ては駄目だ」


 優しい口調だが、逆にシャスターの意志の強さをカリンは感じた。シャスターは本気で町人を心配しているのだ。そして本気で百人もいる傭兵隊を相手しようとしているのだ。


「……分かった」


 カリンには認めるしか選択肢がなかった。


「でも、シャスターが危ないと判断したら、すぐに門を開いて私たちも戦うからね」


「うん。その時は頼む」


 シャスターは心配そうな表情のカリンに笑いかけると、彼女の肩から手を離した。


「それじゃ、行きますか」


 シャスターは門に向かって歩き始める。すると、それに合わせて町人たちの人波が割れていく。その中をゆっくりと進みながら門の前に立つと、フリットの意を受けた数人が門のかんぬきを外す。


 開いた門から外を見渡すと、少し先の方に多数の馬が土煙を上げて向かって来るのが見える。


「シャスター、気を付けてね……」


 後ろからカリンが声をかける。いつもの彼女には似合わない、か弱く悲しそうな声だ。心から少年を心配しているのだろう。

 シャスターは後ろを振り向きカリンに優しく微笑みながら手を振った。それに呼応するかのように門が再び閉まった。



「それじゃ、私たちは所定の位置につきましょう!」


 カリンは町人たちの方へ向くと、今までの表情が嘘だったかのように毅然とした態度で皆に向かって大声で叫んだ。シャスターのことはとても心配だが、町長の孫としてここにいるみんなの命を預かっていることを忘れてはならない。


「一部の者を門の警護に残して、他の者たちは弓箭準備だ。三組に分けて順番に防壁の上から矢を射っていくぞ。いいか、絶対にシャスターさんを死なせてはならないからな!」


 フリットの指示で全員が戦闘態勢に入る。

 カリンも防壁の上で壁に隠れながら矢を取り出す。


(シャスターは私が守る!)


 カリンが唇を引き締めながら弓を構える。

 それと同時だった。



 ついに傭兵隊が門の前に到着したのだ。




 傭兵隊を初めて見たカリンはその姿に圧倒された。

 全員がそれぞれに違う武器を持っており、防具の形状もバラバラだ。同じ武器同じ鎧を着けている騎士とは全く違う。

 それに統一感がないのは見た目だけではなかった。

 騎士なら平然と整列をするのであろうが、傭兵たちは各自自由に動き回っている。自分の意志で戦況を確認しているのだ。

 まさに数多くの戦いの中を生き抜いてきた戦士たち……そんな猛者が目の前に百人もいる。


「こんなの勝てるはずがない!」


 誰かが恐怖の声を上げる。

 しかし、誰もその声を非難しない。

 いや、非難できなかった。

 全員が同じ気持ちだったからだ。


(ここまでとは……)


 誰もが戦意喪失をしている。

 いくら防壁で守られているといっても、この戦力では町の全滅が明らかだ。

 カリンさえも皆を叱咤激励することを忘れている。



 しかし、ひとりだけ例外がいた。


 シャスターだけは悠々と傭兵隊に向かって歩いている。



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