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第四十九話 本当の騎士道

 西領土傭兵隊長エルマ 対 王領騎士団長ウル。

 西領土前副騎士団長マルバス 対 王領騎士分団長ベノン。

 二対ニの戦い、四本の剣がぶつかりあう。


 その時だった。



 突然、強い力で腕を叩かれたウルは剣を落としてしまった。

 何が起こったのかは分からない。

 しかし、剣を落としたのは致命傷だった。いくら実力差があっても剣を失ってはエルマには敵わない。

 エルマの剣がウルの頭上に落とされる……死を覚悟したウルだったが、エルマの剣が振り下ろされることはなかった。


 エルマも剣を落としていたからだ。


 いや、エルマだけではない、マルバスもベノンも剣を落としている。



 突然に襲われた異常事態に誰もが慌てふためいていた。


「こんなところで戦っている場合じゃないだろう!」


 そんな四人を怒号が襲った。

 さらに慌てた四人だったが、その声には聞き覚えがある。それにこんな芸当ができるのはあの者しかいない。



「シャスター!」


 エルマが声を上げた。いつの間にか四人の間に少年が立っていたからだ。

 しかし、シャスターは返事することもなくエルマとマルバスを睨んだ。


「二人はここから自軍に戻って、さっさとラウス軍をまとめて後退させて!」


 強い口調の命令にエルマは反論した。


「いや、俺たちは国王のところへ行く。倒せるのは今しかないのだ」


 エルマとしてはそのために仲間を失ってまでここまで来たのだ。それを無にすることはできない。

 しかし、シャスターは冷たく言い放つ。


「本気で辿り着けると思っているの?」


「なっ!」


「仮に辿り着けたとして、二人だけで魔法部隊と国王を相手に倒せると思っているの?」


「……」


 エルマとマルバスは何も答えられない。


「本気で思っているのなら、そんな楽観主義者は指揮官として失格だね」


「……たしかに可能性は低い。しかし、その策でしか我々が勝てる見込みがないことはお前でも分かるだろう?」


 指揮能力を否定されてエルマが反論する。

 しかし、シャスターの容赦ない口撃はさらに続く。


「つまり、死ぬのを覚悟で、勝てないのを分かっていてここまで来たの? それじゃ指揮官失格どころか、自己犠牲に陶酔しているただの馬鹿だよ」


「何だと……」


「二人が陶酔して死ぬのは勝手だけど、今戦っている者たちはどうする? さっき、後はラウスと俺に託すみたいなことを言っていたけど、そんな無責任な発言をしている指揮官に従っている兵士たちはどうすればいい?」



 シャスターの言葉に二人は何も言い返せない。

 周囲を見渡すと、炎に焼かれる者や混戦で命を落とす者が後を絶たない状況だ。


「最初から可能性がない作戦を立てる者は指揮官じゃないよ」


 シャスターは大きくため息をつくと頭を横に振った。


「まぁ、今はそんなこと話している暇はないな。隊長とマルバスはラウス軍をまとめ上げて、一刻も早く火炎球(ファイア・ボール)の届かない所まで後退して」


「……分かった」


 ここまで正鵠を射ることを言われたら反論しようがない。二人は剣を拾い馬を反転させると自軍に戻り始めた。




「待て、行かせるか!」


 王領騎士分団長のベノンが叫びながら馬を走らせようとするが、シャスターがそれを遮る。


 シャスターがウルとベノンの前に立ちはだかった。


「あなたはラウス側の人間でしたな。二人を逃して我々を殺す気ですか?」


 ウルがシャスターを見据える。

 ウルはシャスターに敵わない。普通であれば逃げ出したいところだが、ここは戦場だ。

 ウルにも王領騎士団長としてのプライドがある。ここで逃げ出すわけにはいかなかった。

 先ほどまでのエルマたちと同じ圧倒的不利な立場になってしまったことに内心で苦笑しながらも、ウルは剣を構えた。



 しかし、シャスターは戦う素振りも見せずにウルに近づく。


「ウルたちもさっさと軍を引いて」


 ウルは何を言われているのか理解できない。

 自分たちを倒しに来たのではないのか。それなのに軍を引けとは。


「どういうことですか?」


 訳が分からず質問したウルに説明をする。


「国王軍が引かなければ、魔法攻撃は止まないからだよ」


「しかし、火炎球(ファイア・ボール)を撃つことを命じているのは国王です。それに逆らうことなど……」


 ウルは言葉を続けられなかった。目の前まで来たシャスターが素早い手刃でウルの握っていた剣を再び叩き落としたからだ。


 剣を拾ったシャスターはウルの胸元に剣を向ける。


「な、何を……」


「ウル、お前は人質だ」


 シャスターはベノンに視線を向ける。


「そこの分団長、騎士団長の命が欲しかったら、さっさと軍を後退させるんだ」


 呆気に取られたベノンは騎士団長に目を向けて指示を受けようとする。しかし、呆気に取られているのはウルも一緒だった。



「まぁ、こんなことしても意味ないか」


 ウルに向けていた剣を地面に投げて、シャスターは軽くため息をついた。


「ウル、後退して」


「仮に我が軍が後退したとしても、ラウス軍の敗北は免れませんぞ」


「そんなことはどうでもいい。とにかく今は火炎球(ファイア・ボール)の攻撃から、ウルたちの騎士を守ることの方が優先なんだよ」


「なっ!?」


 どういうことだ、と言いかけてウルは口を閉ざした。


 この少年は火炎球(ファイア・ボール)からラウス軍を守るためだけにエルマたちを逃したのではない。

 国王軍を守るためにも自分たちを後退させようとしているのだ。


「ウルはさ、味方であるはずの魔法使い(ウィザード)から攻撃されている部下たちをどう思っているの? 先ほど騎士だから国王の命令に従うのは当然だと言っていたけど、本当にそう思っている?」


 ウルは答えることが出来なかった。


 エルマに言われた時もそうだったが、自分の行動が正しいとは言い切れないからだ。自分は王領騎士団長だ。それならば、部下である王領騎士団の騎士たちを守ることが務めではないのか。

 しかし、王領騎士団長として国王に従うこともまた絶対だ。


 ウルは葛藤していた。


 国王の残虐な命令に従うことが本当に騎士道なのか、彼には答えが分からない。



「俺は王領騎士団長だ。騎士道を貫きとおさなければ……」


「国王が間違ったことをした時、諫めることができるのが本当の騎士道なんじゃない?」


「……」


 ウルは今まで国王の悪行に見て見ぬフリをしてきた。いや、自らも率先して加担していた。

 しかし、目の前で自分の部下たちが無残に殺されていくのを見て、彼の気持ちに変化が起きていた。


「俺はずっと国王の傍で安穏を享受してきた。そんな俺が今さら国王の命令に背くなど……」


「それじゃ、王領騎士団の影のボスとして命じる。今すぐに後退だ」


 シャスターはウルに優しく笑いかけた。


「大丈夫。魔法部隊への攻撃を命じているのは国王だけど、国王軍を指揮しているのはウルだろう? 二つの命令系統は繋がっていない。だから、ウルが味方の被害を抑えるという戦術的判断で後退命令を出したところで、国王は責めないさ」


 確かにそのとおりだった。

 騎士団長としての葛藤と重みに潰されかけていたウルは、フッと気持ちが楽になる。



「ベノンよ」


「はっ!」


「これ以上ここに留まると、我が軍の被害も大きくなってしまう。一旦引いて軍を再編してから再び攻撃を開始することにする」


「了解しました!」


 ウルの意図を理解したベノンは、後退の指示をするために離れていった。

 周囲にはシャスターしかいない。ウルは少し間を置いた後、意を決したように声を掛けた。



「これは戦いです。どちらが正しいのかではない、勝った方が正しいのです」


「もちろん、そのとおりだよ」


「だからこそ、勝敗がつく前に言っておきます。あなたに感謝します」


 顔を見せることなくウルはその場から去って行った。

 それを見てシャスターは苦笑いをした。国王軍もこれで大丈夫だろう。



「それにしても、ウルって初めて会った時は嫌な奴でしかなかったけど……まぁ今でもそれは変わっていないし、それはお互い様か」


 シャスターは今度は大笑いをした。




「さてと」


 しばらくして周りを見渡す。

 ラウス軍も国王軍も戦闘が収まり、互いに後退し始めている。それにあわせて、火炎球(ファイア・ボール)の攻撃もなくなっていた。


 とりあえず、これ以上死者が出ることはないだろう。

 もちろん、また戦いが始まれば死者は出るが、その時に味方を躊躇なく殺せるような魔法使い(ウィザード)がいてはならない。そしてそれを命令するような人物を野放しにしてはならないのだ。



「俺がケジメをつけに行かなくてはいけないな」


 シャスターが立っている場所は戦場の中心だ。しかし、今この場所には誰もいない。

 両軍とも視界にやっと相手が見えるぐらいに後退して離れている。


 ここにいるのはシャスターと地面に倒れている無数の死者たちだけであった。


 それが昇ったばかりの月の光を反射して、一種異様な光景を映していた。




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