第四十八話 決戦 3
「エルマ隊長、聞こえているよ」
シャスターは大きくため息をついた。
もちろん、エルマたちの場所にシャスターがいるわけではない。遠く離れた大木の上から眺めていたが、星華がエルマが叫んでいた口の動きを読んだのだ。
「シャスター様、どうしましょうか?」
星華が控えめに尋ねる。
確かにシャスター自身がこの戦いに大きく関わったことは事実だからだ。
しかし、だからこそシャスターはデニムを倒した時にこれ以上は関与しないと決めていた。
「この戦いはレーシング王国の人々が起こしている。俺が出しゃばるのは良くないよ」
シャスターの考えは一貫していた。
自分の強さはレーシング王国程度の小国なら簡単に滅ぼしてしまう。だから、他人の戦いに手出ししては良いものではないと思っていた。
しかし、一方で自分がいなかったら、このような状況にはならなかったのもの確かだ。
「どうしたものかな」
頭をかきながら本気で悩んでいる時、それは起きた。
再び、戦場でいくつもの炎が燃えるのが見えたのだ。黄昏を過ぎた空には真っ赤な炎が禍々しく映る。
何が起きたのかは明白だった。
再び魔法部隊が火炎球を撃ち始めたのだ。
「馬鹿な!? 混戦しているということは味方の国王軍にも被害が出るということだぞ」
シャスターは驚くが、同時にその意図も分かった。
魔法部隊を指揮している者、つまりオイト国王は自分の邪魔になるものは、味方でも容赦なく殺すということだ。
「子が子なら、親も親だね」
シャスターは吐き捨てた。デニムもシャスターを殺すために味方の騎士に火炎球を撃ったが、目の前の光景はその規模を大きくしたものだ。その分、死者の数は桁違いに多いだろう。
「ラウス軍が全滅するためなら国王軍も全滅しても構わないなんて、そんなのは国を統治する国王のすることではない」
シャスターはオイト国王がいるであろう場所を鋭く睨みつけた。
戦場は大混乱だった。戦っている最中に火の球が飛んでくる。しかも、敵味方関係なくだ。
戦場のあちらこちらで、人馬共に燃えている騎士が絶叫を上げている。
こうなるともう戦いどころではなかった。国王軍、ラウス軍関係なく、騎士たちは自分の身を守ることを優先しようとし逃げ回る。それが混乱に更なる拍車を掛けた。
慌てて逃げようとするので、馬と馬がぶつかり合う。すると馬は暴れ出し、騎士は振り落とされる。そこに他の馬がその騎士を踏み付けて、そのはずみで騎士共々倒れ込む。そのような状況が戦場中で起こっていた。
しかし、この状況をチャンスと感じている者もいた。
エルマとマルバスだ。
混乱が大きくなればなるほど、彼らは目立たなくなる。この隙に乗じて彼らは馬を国王軍深くまで進めていた。
「まさか味方ごと撃ってくるとは……」
「信じられません!」
無残に死んでいる騎士たちを見ながら彼らは馬を駆けていたが、突然先頭を走っていた傭兵が馬から転落する。
「アロイ!」
エルマが転落した者の名を叫ぶが返答はない。
胸に矢が突き刺さっていたからだ。
エルマとマルバスと共に混戦の中を突き進んでいた最後のひとりが命を落とした。
しかし、二人には悲しんでいる余裕はない。
「こんな所まで来るとはどんな了見かな?」
彼らの目の前に男が現れたからだ。
ウルだ。
当然ウルはエルマたちがここにいる理由を分かっている。遠くからエルマたちの姿を見つけたウルは、それを防ぐためにここに来たのだ。
「これ以上先には進ませぬ」
エルマたちは最大の危機に直面してしまった。
しかし、ここを通り抜けなければ、勝利はない。
限りなくゼロに近い可能性だが、唯一勝利するにはこの大混乱を利用するしかないのだ。
「ウル殿はこの悲惨な状況を見て、何も感じないのか? 貴方の部下たちが殺されているのだぞ!」
「……」
「エルマ殿の言う通りです。こんなのは戦争ではありません、一方的な殺戮です」
エルマとマルバスはこの悲惨な現状をウルに訴えた。互いに大勢の兵を預かる身、兵の大切さを知っていると思ったからだ。だからこそ、ここで引いてくれればと期待を持ったのだが、すぐに打ち破られた。
「騎士とは、いかなる時であろうと、それが国王からの命令であれば従わなくてはならない。お前たちもラウス様の騎士なら、説得など姑息な手段ではなく実力で示せ!」
「ちっ、頑固な」
エルマは舌打ちをした。こうなればウルが言うように実力で示すしかない。
「俺がウルと戦う。マルバス殿は先を急いでくれ!」
「了解しました」
マルバスは「私も一緒に戦う」とは言わなかった。
仮に二人一緒に戦ったとしてもウルには敵わないのが分かっていたからだ。
それであれば、エルマが一人で戦い、その間にマルバスが先を急いだ方が効率が良い。おそらくエルマはウルに殺されるであろう。しかし、マルバスが逃げ出すぐらいの時間稼ぎはできるはずだ。
非情のように感じるが、国王の元に向かうことを決めた時点で二人は生命を捨てていた。だからこそ、言葉に出さずとも二人とも役割分担ができていたのだ。
「後から向かいますので、先に逝って待っていてください」
「ああ、その時は酒でも酌み交わそう」
二人は笑いながら互いの任務を全うしようとした。エルマはウルに駆け寄り、マルバスは国王の元に向かう。
しかし、今度はマルバスの進行方向に立ちはだかる者が現れた。
「残念だったな」
分団長のベノンだった。ベノンは常にウルと一緒にいる。しかし、そんなことをエルマとマルバスは知る由もない。
マルバスが強いとはいえ、分団長のベノンも同等に強い。
ウルと対峙するエルマ。
ベノンと対峙するマルバス。
二人にとって絶対絶命だった。
「すまんな、マルバス殿。こんな戦いに巻き込んでしまって」
「私は自分の良心に従ったままです。後悔はしていません」
「そうか。それじゃ、最後の悪あがきでもしようとするか」
「相手にとって不足なしです」
エルマとマルバスは剣を構えた。それを確認してウルとベノンも剣を抜く。
「死ぬ覚悟はできたか? 安心しろ、苦しまないように殺してやる」
ウルは馬を駆けて突進する。その一歩遅れてベノンも馬を懸ける。
エルマとマルバスも剣を振り上げながら、応戦しようと構える。
ラウス軍の命運をかけた戦いが今始まろうとしていた。




